世界でいちばん電気を安く売っている民間の電力会社は、ヨーロッパの平野にも、中国の工業地帯にもない。タジキスタン東部、標高数千メートルのパミール高原にある。平均で1kWhあたり3.25米セント。運営に関わるアガ・カーン開発ネットワーク(AKDN)は、これを「世界で最も安い民間タリフ」と説明している。
しかも同じ地域は、2002年の時点で住民のわずか13%しか電気を使えていなかった。20年あまりで13%からほぼ全域へ。国の送電網が届かない場所で、それをやった。これは辺境の美談ではなく、条件が悪いほど効いてくる設計の話だ。僕はこの仕組みを、規模を落としてそのまま自分の事業に持ち帰れると思っている。
まず、この国は「線を引けない国」だ
タジキスタンは国土の93%以上が山岳地帯で、その半分以上が標高3,000メートルを超える。耕地は国土のおよそ6%しかない。
なかでも山岳バダフシャン自治州(GBAO/VMKB)は極端だ。国土の45%を占めながら、人口は全体の3%。首都ドゥシャンベからは、季節限定の不安定な空路を除けば、車で17時間かかる。
この条件だと、「国の送電網をそこまで延ばす」という選択肢が最初から成立しない。延ばしたところで、人口3%のために国土の45%を横断する線を維持し続けることになる。普通なら「そこは後回し」で終わる話だ。だからこの地域は、別の解き方を探すしかなかった。
2002年、13%から始まった仕組み
2002年、タジキスタン政府とアガ・カーン経済開発基金(AKFED)が共同でPamir Energyを設立した。同社の資料では、中央アジア初の官民連携(PPP)事業とされている。州全域への電力供給について、2027年までの独占的なコンセッション(事業権)を持つ。
資金は一社でまかなっていない。AKFED、IFC(国際金融公社)、IDA(世界銀行)、そしてスイス政府経済省経済局(SECO)が組み合わさっている。
やったことは、大きく2つだ。
- 中小規模の水力発電所11か所を改修・新設し、合計で約43MWの発電能力を確保した
- 老朽化した送配電設備4,300kmを更新した
そして、この2つ目が効いた。送電ロスが39%から12%に下がったのだ。
ここは強調しておきたい。39%の損失を12%にするというのは、発電量を一切増やさずに、届く電気を大幅に増やしたのと同じことだ。山の上に新しいダムを建てるより、いま漏れている分を止めるほうが、はるかに安く、はるかに速い。
結果として、同社が2017年にAshden Awardを受賞した際の記録では州内世帯の96%が電力にアクセスできるようになり、アガ・カーン財団は2025年末までの全域電化を目標に掲げている。対象はおよそ22万人だ。
値段の付け方が、いちばん面白い
平均3.25セントという数字は、一律の料金ではない。中身は分かれている。
- 商業・政府機関の利用者:高めの料金
- 一般家庭:安めの料金
- 消費量の少ない世帯:さらに冬季に最大68%の割引(Customer Support Scheme)
注目すべきは3つ目だ。「困っている人に安くする」ではなく、「冬に、消費量の少ない世帯に」と二重に絞り込んでいる。パミールの冬は厳しく、暖房のために電力需要が跳ね上がる。同時に、暮らしに余裕のない世帯ほど電気の使用量は少ない。その交差点だけを狙って、最大68%という大きな割引を当てている。
一律の値下げは全員に薄く効いて、会社の体力を削る。時期と対象を絞れば、同じ原資で、いちばん必要な人に大きく効く。値付けの設計としてきれいだと思う。
余った夏の電気を、国境の向こうに売る
水力発電には構造的な弱点がある。川の水量に発電量が連動するので、夏は余り、冬は足りない。
これはタジキスタン全体の悩みでもある。国の電力はほぼ水力でまかなわれており、冬になると電力の配給制が毎年のように実施される。The Diplomatによれば、2024年には例年より1か月早い9月の段階で、国の電力会社が「必要な地域で」冬季の配給を始めると通知している。世界銀行が2013年にまとめた報告書「Tajikistan's Winter Energy Crisis」は、国民のおよそ70%が冬に深刻な電力不足を経験してきたと指摘している。
パミールの答えは、夏の余剰を外に出すことだった。
2008年、パンジ川を越えてアフガニスタン側のシュグナンへ送る最初の送電線が開通した。2013年5月にはイシュカシム線が稼働。タジク側とアフガン側のバダフシャンの山岳地帯を越える110kVの送電線建設は、この地域では前例のない工事だった。2013年時点で、アフガン側のシュグナン、イシュカシム、ヌサイの3地区で2,350世帯・18,864人が、24時間の電力を受け取るようになっている。イシュカシム線にはノルウェー政府が2011年に280万ドルを拠出した。
現在、Pamir Energyの供給先は33,000件を超える顧客、人数にして約25万4,000人。内訳はタジキスタン側22万人、アフガニスタン側3万4,000人。年間の供給量は約170GWhだ。
この越境供給は、支援であると同時に、事業としても理にかなっている。夏に捨てるしかなかった電力に買い手がつけば、設備の稼働率が上がる。稼働率が上がれば、1kWhあたりのコストは下がる。安い料金を支えているのは、慈善だけではないということだ。
同じ国で、お金は正反対に流れている
面白いのは、タジキスタンという国全体を見ると、パミールとは真逆の構造が走っていることだ。
Our World in Dataがまとめた世界銀行推計によれば、2024年のタジキスタンの送金流入額はGDPの48%に達する。世界で最も高い比率だ。次に高いニカラグアやホンジュラスでもGDPの4分の1ほどなので、けた違いに突出している。つまり国の経済のおよそ半分が、外で働く人が送り返すお金で成り立っている。
外で稼いで中で使う国の中に、中でつくって外に売る地域がある。しかもそれが、国内で最も条件の悪い山岳地帯だ。立地の不利が、そのまま経済構造の不利になるとは限らない。パミールはその実例になっている。
持ち帰れる3つの型
規模はまったく違っても、この設計は個人や小さな事業にそのまま写せる。
- 増やす前に、漏れを止める。 39%から12%へのロス削減は、発電所を建てたのと同じ効果を生んだ。売上を伸ばす施策を考える前に、いまどこから何%が漏れているかを測る。離脱、返品、手戻り、未回収。たいてい、増やすより止めるほうが安い。
- 割引は一律にしない。「いつ・誰が」で絞る。 冬の低消費世帯にだけ68%。全員に5%配るより、困っている一点に大きく当てるほうが、同じ原資で効く。
- 余剰は、いまの市場の外に持ち出す。 夏に捨てていた電力に、国境の向こうの買い手を見つけた。自分の事業でも、閑散期の空き時間や使い切れていない在庫を、いまの顧客層の外側に出せないかを考える。稼働率が上がれば単価は下がり、下がった単価がまた競争力になる。
今週ひとつだけ試すなら、1つ目がいい。自分の持ち場で「漏れている数字」を1週間だけ測ってみる。パミールの20年も、新しい発電所ではなく、古い送電線の点検から始まっている。
参考・出典
- Ashden Award: Pamir Energy - Bringing power to the people of Tajikistan
- AKDN: Illuminating the roof of the world - Tajikistan exports hydroelectricity to Afghan-Badakhshan
- AKDN: Pamir Energy and the future of clean electricity in Central Asia
- Aga Khan Foundation: Tajikistan's most remote province set for near-universal electrification by end of 2025
- Our World in Data: Tajikistan's remittances are worth nearly half the country's GDP
- The Diplomat: Tajikistan's Winter Electricity Rationing Starts Early