サンパウロ州では、レジで「レシートをください」と頼むと、その店が納めた税金の一部が自分の残高に戻ってくる。おまけに毎月、最高賞金100万レアルの抽選券までついてくる。景品めいた制度に見えるが、これは州の税収を本気で増やした。小売店の申告売上は4年で21%伸びている。取り締まりを強化した結果ではない。客を味方に買った結果だ。

買い物客に、店が納めた税の30%を返す

制度の名前は Nota Fiscal Paulista(NFP/サンパウロの領収書)。2007年10月に始まった。レジでCPF(個人の納税者番号)を告げた買い物客には、その店が実際に納めた州税ICMSの最大30%が、レシートの金額に応じて返る。返ってくるのは店のポイントではなく州の残高で、自動車税IPVAの支払いに充ててもいいし、銀行口座に引き出してもいい。登録すれば、毎月の抽選にも自動で参加できる。

狙いは単純だ。小売の売上隠しは、店とレジ係と客の三者が黙っていれば成立する。だから州は、いちばん人数が多くて、いちばん黙る動機の薄い「客」に、値札をつけた。

効果は査読論文で測られている。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの Joana Naritomi が American Economic Review(2019年)に発表した "Consumers as Tax Auditors" によれば、小売の申告売上は4年間で少なくとも21%増えた。報奨のばらまきで差し引きマイナス、という話でもない。消費者に返した分を差し引いた後の税収が9.3%増えている。開始から4年の2011年末時点で、4,000万人が繰り返しレシートを求め、1,300万人がオンライン口座を開設していた。

効いているのは監査ではなく、「口裏合わせが割に合わなくなる」こと

NFPのオンライン口座では、自分がもらったレシートを店がちゃんと申告したかどうかを、1件ずつ突き合わせられる。合わなければその場で通報できる。州は監査官を増やす代わりに、取引の反対側に立っている人全員に照合画面を配った、と言い換えてもいい。

論文が面白いのはここからで、効果は「1件あたりの金額が小さく、件数が多い業種」ほど大きかった。飲食や日用品の小売のような商売だ。売上を隠すにはレジ係を巻き込み、客にも黙っていてもらう必要がある。その口裏合わせには、隠す金額の大小とほぼ無関係に一定のコストがかかる。客の側に小さな取り分が生まれた瞬間、そのコストが急に重くなる。少額・高頻度の商売ほど、隠せる金額に対して共犯関係の維持費が高くつくからだ。

抽選も飾りではない。レシート1枚あたりの期待値は小さくても、人は「当たるかもしれない」に過剰に反応する。「30%返ってくる」では動かない人が、「100万レアル」で動く。論文はこの宝くじ的なバイアスが制度の執行力を増幅した可能性を指摘している。通報の側も効いていて、消費者から最初の苦情を受けた店は、その後に申告するレシートの件数と売上が増える。

同じ型が、ゴミにも決済にも使われている

この「相手の得を設計する」やり方は、ブラジルでは一度きりの発明ではない。

クリチバ市は1991年6月から Câmbio Verde(緑の交換)を続けている。資源ゴミを4kg持っていくと、野菜や果物1kgと交換できる。廃食用油なら2Lで1kg。市内101か所を15日ごとに巡回し、2007年までに4万5,000トン超を埋立地送りから救い出した。うまいのは交換に使う農産物のほうで、これは小規模農家の余剰作物だ。「回収しきれないゴミ」と「売れ残った作物」という二つの余りを、突き合わせて同時に消している。

決済も同じ発想でできている。ブラジル中央銀行は2020年11月、Pixという即時送金の仕組みを自前で立ち上げた。個人間の送金は無料、加盟店の手数料も低い。そのうえで、口座数の多い大手銀行には参加を義務づけた。ネットワーク効果を最初から点火するためだ。国際決済銀行(BIS)の分析によれば、Pixは開始から1年あまりでブラジルの成人の67%を登録させている。高い手数料を規制で叩くのではなく、無料の土管を公共側が敷いて、人の流れごと引っ越させた。

持ち帰れる型

三つの事例には、共通の順番がある。

  • 自分が直接見張れない場所を特定する。 レジの中、路地裏のゴミ、銀行間の手数料。どれも上から監視しようとすると費用が跳ね上がる。
  • その場所の反対側に、すでに立っている人を探す。 買い物客、ゴミを出す住民、送金したい個人。彼らは事実を知っているのに、動く理由がない。
  • 理由を、小さくていいから渡す。 税の30%、野菜1kg、手数料ゼロ。

小さく試すなら、自分の仕事でこう置き換えてみるといい。取引先や社内に「毎月の実績を報告してください」とお願いしている項目があるなら、それは監視だ。報告した側に何が返るかを一行足すだけで、督促の回数は変わる。レビューや不具合報告も同じで、「書いてください」より「書いた人に何が起きるか」のほうが効く。NFPの結果を踏まえるなら、一人あたりの取り分がどうしても小さくなる場面では、確実な少額よりも、小さな当選確率のほうが人を動かす。

そして忘れやすいのが最後の一手だ。NFPは還付を配っただけでなく、「自分のレシートが申告されたか」を本人が確かめられる画面を用意した。得を渡すことと、ズレを見つけたときに声を上げられることは、セットで初めて効く。照合できない報奨は、ただのばらまきで終わる。

参考・出典