ボツワナでは、一年でいちばん乾いた季節に水が満ちる

ボツワナ北部のオカバンゴ・デルタは、雨の降らない乾季に洪水が来る。雨季だからではない。半年前によその国に降った雨が、ようやく歩いて到着するからだ。ユネスコもこの「乾季に起きる氾濫」を、ここが世界遺産に値する理由のひとつとしてはっきり書いている。

面白いのは、ボツワナがこの半年の時差を不便ではなく元手として扱ったことだ。観光の値付けも、ダイヤモンド収入の使い道も、同じ発想の上に乗っている。今日はその設計を分解して、そのまま持ち帰れる形にする。

水は、半年かけて砂漠まで歩いてくる

オカバンゴ川は、アンゴラでクバンゴ川とクイト川が合流して生まれ、ナミビアを抜けてボツワナに入る。そして海に出ない。世界に数えるほどしかない内陸デルタで、行き着く先はカラハリの砂だ。

時間割はこうなっている。

  • 1〜2月:アンゴラ高地に夏の雨が降る
  • 3〜6月:その水がデルタ一帯へゆっくり広がっていく
  • 6〜8月:水位が頂点に達する(ボツワナ側は乾季のまっただ中)

土地があまりに平らなので、水は流れるというより這う。結果、雨が降ってから4〜6か月ずれて満水がやってくる。年に流れ込む水はおよそ11立方キロメートル。そのうち96〜98%は蒸発散や地下への浸透で消え、海へは一滴も出ない。氾濫域は年によって6,000〜15,000平方キロメートルのあいだで膨らんだり縮んだりする。

肝心なのはここだ。ほとんど失われてしまう水が、周囲が干上がる時期にだけ、そこにある。だから動物は集まるしかない。チーター、シロサイ、クロサイ、リカオ、ライオン。絶滅が心配される大型哺乳類がここに揃うのは、水が豊富だからではなく、水のタイミングが周囲とずれているからだ。動植物のほうも、その時差に合わせて自分の生活サイクルを同期させてきた。2014年、オカバンゴ・デルタは世界遺産リストの1000件目として登録された。

持ち帰れる視点:供給が遅れて届くこと自体は、欠点ではない。まわりが枯れているタイミングで届くなら、その遅れはそのまま希少性になる。「何を出すか」と同じくらい「いつ出すか」が価値を決める。みんなが出す時期を外して出せるものは何か、と考えてみる価値がある。

その希少性に、国がきちんと値札をつけた

時差が希少性を作るなら、次にやるべきは値付けだ。ボツワナは1990年の観光政策で、はっきりと「高単価・少人数(high value, low volume)」を選んだ。狙いは単純で、来る人数を絞り、ひとり当たりの支出を上げ、野生動物の土地から国が得る収入を増やすこと。気軽なキャンプ客の比率を下げ、きちんとした宿に泊まる客の比率を上げる方向に舵を切った。

これは掛け声ではなく、仕組みとして実装されている。デルタはコンセッション(区画)に分割され、区画ごとにキャンプの数、ベッド数、走らせられる車両の数に上限が設けられる。上限があるから混まない。混まないから動物が見える。動物が見えるから高く売れる。安売りを禁止したのではなく、安売りが物理的に起きない棚の作り方をしたということだ。

持ち帰れる視点:単価を上げたいとき、多くの人はまず値札だけを書き換える。ボツワナは先に席数を固定した。席が有限だと分かっている商品は、値上げの説明がいらない。価格表より先に「同時に何人までか」を決めたほうが早い場面は、けっこう多い。

同じ考え方を、ダイヤモンドの代金にも当てた

ボツワナは産出額で世界最大のダイヤモンド産出国だ。ダイヤモンドは輸出のおよそ8割、国の歳入のおよそ3分の1、GDPのおよそ4分の1を占める。掘れば減っていく資産で、これだけの割合を賄っている。

そこで置かれたのが「Sustainable Budgeting Principle(持続可能な予算編成の原則)」で、中身は驚くほど短い。鉱物の採掘から得た収入は、別の資産に再投資しなければならない。売れば消えるものを売った金は、消えないものに置き換える、という一文だ。

受け皿も作った。1993年11月に設立されたプラ・ファンド(Pula Fund)は、ダイヤモンド輸出の余剰を運用するための基金で、中央銀行であるボツワナ銀行が管理する。1996年のボツワナ銀行法のもとで組み直され、外貨準備の運用に柔軟性を持たせつつ、政府への配当を予測しやすくする役割も負っている。国際収支の黒字はプラ・ファンドへ、財政の黒字は政府投資勘定へ、と受け皿を二つに分けているのも几帳面だ。

持ち帰れる視点:一度きりの収入を、毎月の支出に混ぜない。臨時の入金は、別の資産に変換してから使う。「貯金しよう」より実行しやすいのは、金額ではなく行き先を先に決めるルールだからだ。

そして今、その設計そのものが書き換えられている

ここからが、いちばん正直で、いちばん学びのある部分だ。よくできた設計にも賞味期限がある。

プラ・ファンドの残高は、2015年の約70億ドルから、2024年12月時点で約35億ドルまで減っている。IMFの公共財政ブログは、プラ・ファンドと政府投資勘定がともに絶対額でもGDP比でも近年縮小しており、取り崩しが積み増しを上回っていると指摘する。理由のひとつは制度の作りにある。「鉱物収入は別資産へ」は法律ではなくガイドラインにとどまっていて、収入が細ったときに守り切る強制力がない。政府自身が、貯蓄率の義務化や引き出し制限を含む、より厳しい法的・財政的枠組みを求めている段階だ。

観光政策も同じことが起きた。2021年の改訂観光政策は、1990年以来の高単価・少人数路線から、より多くの人数を受け入れる混合価格戦略へと方針を移した。長年あの路線は、自国の起業家や国民が参加しにくく、産業としての伸びしろも狭いという批判を受けてきた。希少性を守る設計は、守る対象を間違えると「一部の外国資本だけが潤う仕組み」に見えてしまう。

持ち帰れる視点:設計を守るのではなく、設計した理由を守る。1990年に席数を絞ったのは、混雑が嫌だったからではなく、限られた自然から得られる価値を最大化するためだった。理由が同じでも、条件が変われば答えは変わる。自分のルールについても「これは何のために作ったルールだったか」を年に一度書き出すと、守るべきものと手放すべきものが分かれる。

今日から小さく試せること

  • タイミングをずらす。同業が一斉に出す時期を調べ、意図的に外して出せるものが1つないか探す。希少性は中身だけでなく到着時刻からも生まれる。
  • 席数を先に決める。値上げを考える前に、「同時に何人まで受けるか」を数字で固定してみる。上限があると、価格の説明が要らなくなる。
  • 臨時収入の行き先を先に書く。一度きりの入金が発生したときに、何に変換するかをあらかじめ決めておく。判断をその場でしない。
  • ルールの理由を棚卸しする。自分が守っているルールを3つ挙げ、それぞれ何のために作ったかを書き出す。理由を思い出せないものは、たぶんもう要らない。

オカバンゴ・デルタは、半年遅れて届く水の上に成立している。ボツワナはその遅れを、観光では席数の上限に、鉱物収入では別資産への置き換えに翻訳した。どちらも、いま手元にあるものをすぐ全部売らない、という同じひとつの態度から出ている。国の規模でやると結果が出るまで数十年かかる実験だが、個人の仕事なら来週には見える。

参考・出典