今日の一番面白い発見はこれだ。ボリビアは、国の重心をわざと二つに割っている。行政・立法・選挙の各機関が置かれる「政府所在地」はラパス、憲法上の首都で司法の座はスクレ。しかも最大都市で工業の中心はどちらでもなく、東部の熱帯低地にあるサンタクルス・デ・ラ・シエラだ。政治・司法・経済が三か所に分かれている。

これは事故ではなく、地形と歴史に合わせた設計だ。そして僕は、この「一点に集中させない」という発想がボリビアという国の随所に、しかも古代から一貫して現れていることに気づいた。今日はその型を5つ取り出して、そのまま自分のプロジェクトに移植できる形で手渡したい。

1. 決める場所と、裁く場所を物理的に分ける

ラパスとスクレの分担は、独立の歴史そのものから来ている。ラテンアメリカ最初の自由の叫びと呼ばれるチュキサカ革命は1809年5月25日、当時チュキサカと呼ばれた現在のスクレで起きた。その約2か月後、7月16日にラパスでも革命が起き、こちらはスペイン政府との完全な決別を意味した。二つの都市が別々の役割で独立に関わり、その関係が今の国家機構にも残っている。

持ち帰れる視点はシンプルだ。アクセルとブレーキを同じ席に置かない。小さく試すなら、自分の事業や制作で「決める会議」と「振り返る会議」を、別の日・別の場所・別のメンバーでやってみる。同じ場でやると、決めた人が自分の決定を採点することになり、必ず甘くなる。

2. 多様性を「コスト」ではなく「公式インフラ」に登録する

ボリビアは2009年の新憲法で国名を「ボリビア多民族国」に変えた。先住民の権利強化と多民族性を反映させるためだ。公用語はスペイン語だけではない。36の先住民言語が公式な地位を持つ。よく話されているのはグアラニー語、アイマラ語、ケチュア語だ。2024年の国勢調査での人口は1140万人。この規模の国が、言語の多さを整理・削減の対象ではなく、制度に登録すべき資産として扱った。

文化面でも同じ発想が効いている。スペインがもたらした宗教美術は、現地の先住民・メスティーソの職人の手で「メスティーソ・バロック」という独自の建築・彫刻様式に育った。アンデスの女性が身につけるポリェラ(プリーツスカート)はもともと植民地当局が着用を強制したスペイン風の服だったが、いまは先住民の誇りの象徴として着られている。

試せること:自分の仕事で「例外扱い」しているもの(変わった顧客層、標準外の使い方、方言的な運用)を1つ選び、正式なメニューとして名前をつけて掲載してみる。周辺を中心に昇格させると、そこが独自性になる。

3. 「今いる人数」ではなく「支えられる容量」で測る

これは考古学から出てきた最高の視点だ。西ボリビアの古代都市ティワナクは、初期の推定では最盛期に約6.5平方キロメートル、人口1万5000〜3万人とされていた。ところが1996年、衛星画像でティワナクの主要3渓谷に残るスカ・コリュス(水を張った高畝畑)の広がりを地図化したところ、その灌漑インフラが養える人口の上限は28万5000人から148万2000人という数字が出た。

数え方を「頭数」から「インフラの扶養容量」に変えただけで、都市の像が二桁変わる。ティワナクの拡張の仕方も面白い。紀元400年ごろから勢力を広げるが、暴力的な支配ではなく、政治的な巧みさ、植民地の設置、地域交易の取り決め(相手側が依存する構造になる)、国家祭祀の導入によって影響圏を伸ばした。そして雨量が徐々に減って食料の蓄えが減ると、エリートが権力を失い、紀元1000年ごろに消滅した。強さの源が水だったから、水が引くと終わった。

持ち帰り方:自分のプロジェクトを「今の売上・フォロワー」で測るのをやめ、「この仕組みは何人まで支えられるか」を一度計算してみる。同時に「その容量は何に依存しているか」を1行で書く。依存先が一つなら、それが自分のスカ・コリュスだ。

4. 核となる1つ+衛星の複数。1931年に生まれた学校の型

ボリビアの教育史に、そのまま使える設計がある。1931年、エリサルド・ペレスがチチカカ湖の近くに大きな「核学校」(5〜8学年を持つ中心校)を作り、近隣の集落に置いた小さな衛星校がその機能を補った。この配置がアンデスの農村教育の原型になった。

対照的なのが1947年の法律だ。識字のあるボリビア人全員に「少なくとももう1人に読み書きを教えること」を義務づけ、成人の非識字には罰金を課した。ネットワーク型に一気に広げる発想だが、これは政府の実行能力の限界を露わにしただけだった。実際に成人識字率を押し上げたのは、初等教育への就学が増えたことで、1973年から1987年にかけて学齢児童の就学率は76%から87%に上がっている。1994年に始まった教育改革では、地域ごとに異なるニーズに応えるために教育予算を分権化し、教員養成と教育課程を改善し、異文化間バイリンガル教育を制度化・拡大した。ボリビアは年間予算の23%を教育支出に充てており、これは南米の多くの国より高い比率だ。

教訓は明快だ。号令で分散させても分散しない。核(ハブ)を作ってから枝を伸ばす。小さく試すなら、自分の活動に「核」を1つ決め(定期の会・原典となる1本の記事・1つの店舗)、そこから衛星を3つだけ生やす。最初から衛星だけを増やすと空中分解する。

5. 一点集中の代償と、ルートを2本持つという答え

分散の反対側の教科書も、ボリビアが持っている。経済史は単一商品への集中の連続だった。銀からスズ、そしてコカへ。植民地時代のスペイン帝国は、ポトシのセロ・リコから採れる銀の上に富を築いた。1545年に鉱山町として創設されたポトシは、人口15万人を超えて新世界最大の都市になった。20世紀に入るとスズが主要産業になり、1980年代前半にスズ価格が急落すると経済は打撃を受け、1982〜1985年の危機の頂点では年間インフレ率が2万%を超えた。

集中の危うさは近年も見える。2006年から2019年にかけて1人当たりGDPは倍になり、極度の貧困率は38%から18%へ、ジニ係数は0.60から0.446へ下がった。ボリビア外国貿易研究所によれば2021年10月時点でラテンアメリカで最も累積インフレが低い国だった。ところが2024年後半には、大規模な経済危機のなかで地域で最も高いインフレ率の一つになっている。報道では燃料不足を受けて国営石油会社への介入が伝えられ、2025年の総選挙でロドリゴ・パス・ペレイラが大統領に選ばれた後、経済財政省は企画省と統合された。

その一方で、ボリビア自身が地理の制約に対して出している答えが面白い。海に接していないアメリカ大陸の2か国のうちの1つであり、南半球最大の内陸国でありながら、大西洋へ通じる2つの河川系(アクレ=プルス=アマゾン、パラグアイ=パラナ)に内陸港を持っている。海がないなら、川で2本のルートを確保する。

これが今日の締めの型だ。収入・販路・スキルを、必ず2本目まで用意する。今日できるのは、自分の主力を1つ書き出し、その隣に「これが半年止まったときの2本目」を1行書くこと。書けなければ、それが次に作るものだ。

まとめ:ボリビアから持ち帰る5つの型

  • 決める場所と裁く場所を分ける(ラパスとスクレ)
  • 例外を正式メニューに昇格させる(36の公用語、メスティーソ・バロック)
  • 頭数ではなく扶養容量で測る(スカ・コリュスの衛星画像)
  • 核を1つ作ってから衛星を伸ばす(1931年の核学校)
  • 主力の隣に2本目を置く(大西洋へ通じる2つの河川系)

標高の高い高原から、パンタナルの湿地まで。気候も生態も言語も一枚に収まらない国が、無理に一枚にまとめず、複数の中心で立つことを選んだ。使えるのは国の話だけではない。自分の一日の設計にも、そのまま入る。

参考・出典