世界でいちばん割り切りのいい通貨設計をしている国のひとつが、東南アジアの東端にある。東ティモールだ。この国は米ドル紙幣をそのまま使いながら、硬貨だけは自分で作っている。しかも「どの額面を硬貨にするか」の判断が、驚くほど実務的で美しい。今日はここから始めたい。
1. 紙幣は借りる、硬貨は自分で作る──東ティモールの通貨設計
東ティモールでは、国連統治の開始にともなって2000年に米ドルがインドネシア・ルピアに代わって導入された。そして2003年から、自国のセンターボ硬貨が米ドル紙幣・硬貨と並んで流通している。1センターボ=1米セント。額面は1、5、10、25、50センターボで、デザインには地元の動植物が使われている。
面白いのはその先だ。2013年に100センターボ硬貨が、2017年に200センターボ硬貨が追加された。これは米1ドル・2ドルに相当する。理由がはっきりしている──低額の米ドル紙幣は使い込まれて傷むのが早く、摩耗した分を入れ替えるコストが高い。だから硬貨に置き換えたのだ。硬貨はリスボンにあるポルトガル国立造幣局(Imprensa Nacional-Casa da Moeda)で鋳造されている。パナマのバルボア硬貨やエクアドルのセンターボ硬貨と違い、東ティモールの硬貨は米セントと同じサイズではない。そして2024年時点でも、この国は自国紙幣を発行していない。
ここには明快な設計思想がある。「価値の信頼」は外から借りる。「日々すり減る部分」は自分で作って、より丈夫な形式に変える。全部を自作しないのが賢さだ。
持ち帰れる型:「摩耗ポイントだけ自前化する」。自分の仕事で、月に何度も作り直しているものを3つ書き出してみるといい。見積書、初回返信のメール、提案の冒頭スライド。そのうち一番よく擦り切れるものだけを、使い捨ての紙幣から硬貨に鋳造し直す──つまり再利用できる型に一度だけ本気で作り替える。土台(使っているツールやプラットフォーム)は借りたままでいい。僕はこの発想で、返信テンプレートを「紙」から「硬貨」に替えた。効いた。
2. 権力を二人で持つ、という古い設計
もうひとつ、この島には長く生き残った仕組みがある。ヨーロッパ人が来る前のティモール島は、聖なる家(sacred house)を中心にした小さな共同体が集まってスコ(suco、首長領)を成し、それがさらにリウライ(liurai)が率いる王国を構成していた。
ここで注目したいのは権威の持ち方だ。王国の権威は二人の人物によって保持されていた。リウライの世俗的な権力と、王国の主要な聖なる家に結びついたライ・ナイン(rai nain)の霊的な権力が、互いに釣り合う形をとっていたのである。これらの政体は数が多く、同盟関係も移り変わったが、多くは16世紀にヨーロッパ人が初めて記録した時点から、ポルトガル統治の終わりまで存続するほど安定していた。
実務の権限と、意味づけの権限を別の人が持つ。片方が暴走しづらい構造だ。数世紀もつ組織設計というのは、たいていこういう地味な分割で成り立っている。
小さく試せること:自分のプロジェクトで「決める人」と「意味を守る人」を意識的に分けてみる。ひとりでやっているなら、曜日で役を分ける。月曜は数字と締切のリウライ、金曜は「これは何のためにやっているか」だけを見るライ・ナイン。僕はこの二役制をやってから、企画を途中で捨てる判断が速くなった。
3. 放置されたコーヒー林が、そのまま強みになった
東ティモールのコーヒーは面白い経緯を持っている。この作物は何世紀も島で育てられ、19世紀後半のポルトガル植民地時代には国の貿易の半分を占めていた。ところが24年間のインドネシア占領期、軍が事業を握って価格は不安定になり、多くのコーヒー農園は戦場になって豆の質は落ちた。戦いが終わったころ、農業の専門家たちは二世代分の栽培知識が失われたと見積もっている。放棄された農園もあった。
ところが、木々が手をかけられなかったということは、農薬も化学肥料も入らなかったということでもある。その結果、この林はオーガニックコーヒーの愛好家に好まれるようになった。今日のコーヒーは「東ティモール農業の黄金の王子」と呼ばれ、年間およそ1,000万ドルの価値を持つ。46,000のコーヒー農場が国の人口の5分の1を雇用し、非石油輸出の90%をコーヒーが占め、46%の世帯が収入をコーヒーだけに頼っている。2012年には9,000トンのコーヒーが収穫された。
もちろん、これは楽な話ではない。品質向上を農家に働きかけるのは大きな課題だと明言されているし、2009年時点で約67,000世帯がコーヒーを栽培し、粗利益は1ヘクタール当たり約120ドル、労働1日当たりの見返りは約3.70ドルという水準だ。それでも「意図せず生まれた制約が、市場では固有の価値になり得る」という事実は残る。
持ち帰れる視点:自分の制約を、欠点欄から一度だけ移してみる。予算がない、機材が古い、時間が細切れ、その地域にしか行けない。それぞれの隣に「この制約のおかげで自然に守られているもの」を書く。僕の場合、移動が多くて重い機材を持てないことが、そのまま「軽さ」を売りにする理由になった。
4. まだ名前が付いていない資産のリストを、先に作る
東ティモールは2017年1月31日にユネスコ世界遺産条約の締約国になったが、世界遺産リストや無形文化遺産、生物圏保存地域、創造都市、ジオパークといったユネスコの各ネットワークに、まだ推薦を出していない。有力候補として挙げられているのは、コンサベーション・インターナショナルが世界で最も生物多様性に富む海と評したアタウロ島、ファタルクの文化的景観、そしてディリの歴史的建造物だ。
建築についても独特の状況がある。多くの遺産地区・遺産都市・遺産建造物が残り、周辺の東南アジア諸国が近代的な建物や粗末な建造物で置き換えてしまったのに対し、東ティモールは在来建築と植民地建築の両方をよく保存している数少ないアジアの国のひとつだ。ただし建築や景観を保全する政策はまだない。地元の人たちからは、村ごとに単一の建築・景観様式を義務づける法律を作ろうという提案も出ている。
つまりこの国は今、「価値はあるが、まだ公式な名前が付いていないもの」を大量に手元に持っている段階にいる。これは個人にもそのまま当てはまる状況だ。
小さく試せること:「推薦前リスト」を作る。自分の手元にあって、まだ誰にも名前を付けられていない資産を10個書き出す。特定の街の人脈、変な失敗の記録、続けている記録、誰も真似しない手順。名前を付けて言語化した瞬間に、それは初めて他人に手渡せるものになる。順番は「保全政策」より先に「リスト」だ。
5. 「東東」という国名が気持ちいい理由
最後に軽い話をひとつ。「ティモール」はマレー語で「東」を意味する timur に由来する。つまり Timor-Leste(レステはポルトガル語で「東」)は、意味を重ねると「東・東」という同語反復の地名になる。外から見た方角が、そのまま国の名前になったわけだ。
一方、テトゥン語での国名は Timór Lorosa'e。lorosa'e は「東」だが、直訳すれば「日が昇るところ」である。同じ場所を、外から呼んだ名前と、内から呼んだ名前が並んで存在している。この国は2002年5月20日に、21世紀で最初の主権国家になった。2022年の国勢調査で人口は134万人を超え、公用語はポルトガル語とテトゥン語の2つ、国内では30の在来言語が話されている。
借りられるものは借り、すり減る部分は自分で鋳造し、外からの名前と自分の名前を両方持っておく。東ティモールから持ち帰る設計はこれで十分に強い。今日から試せるのは、自分の「一番よく擦り切れているもの」を一つだけ硬貨にすることだ。