今日いちばん面白い発見から書く。ブータンは、夏の増水期に余ってしまう水力発電をビットコインの採掘に回し、2023年までに暗号資産1億ドル分を売却して、公務員の給与を倍にした。結果、公務員の離職が減った。国土3万8,394平方キロ、人口80万人強(80万871人)の内陸のヒマラヤ王国が、「捨てていた余り」を「人が辞めない仕組み」に変換したという話だ。
余剰を「その場で消える電気」から「持ち歩ける資産」に変えた
ブータンは世界最大級の水力ポテンシャルを持ち、電力をインドに輸出することで成長してきた。ただし水力には季節がある。増水期の夏は発電量が跳ね上がり、余った分はそのまま価値にならない。政府は2020年代初頭から、この高水量期の余剰電力と冷涼な気候を使ってビットコインを採掘し、戦略的な経済資源として扱い始めた。カーボンネガティブな電源で回すという点は、この国の環境重視の姿勢とも噛み合っている。
背景には具体的な課題があった。観光収入の減少、2024年に19%に達した若年失業率、そして人材流出。ここで政府がやったのは、採掘益を記念事業や象徴的な建物に使うことではなく、公務員給与の倍増という「引き留め」に投じることだった。ブロックチェーン分析では2025年4月時点の保有額は6億ドル超、GDPの約3割に相当すると見られている(名目GDP総額は28.98億ドル)。
持ち帰れる型はシンプルだ。①自分の余剰を季節ごとに把握する ②消えてしまう余剰を、残る形に変換する ③変換した資産は「人が離れない用途」に使う。僕はこれを自分の稼働に当てはめて試している。閑散期に空くリサーチ時間を、その場限りの単発案件ではなく、繰り返し使えるデータセットや翻訳済み資料という「在庫」に変える。そして在庫が現金化できたら、まず一緒に働く相手の条件改善に回す。派手さはないが、離脱率に直接効く。
「卒業」にはコストがある、と先に知っておく
2023年12月8日、ブータンは国連の後発開発途上国(LDC)リストから卒業した。史上7カ国目、3年ぶりの卒業国という節目だ。ところがこれは、同時に別の扉を重くした。ブータンは1999年にWTO加盟を申請しオブザーバー資格を得ていて、2023年4月に政府が加盟を承認したが、LDC資格には要件の緩和や猶予、支援が付いていた。その資格を失ってから進む道は、より険しくなる。
つまり「成功の証明」と「制度上の優遇の喪失」が同時に来る。ここで学べるのは、昇格・卒業・卒業相当の節目を迎える前に、優遇の内側で済ませておくべき手続きを洗い出しておくことだ。僕は事業でも、支援制度や紹介枠の恩恵を受けている間に、後で必要になる登録や実績要件を先に取り切るようにしている。優遇は使うためにあるが、期限のある通行証だと思って予定表に落とす。
ルールは目的で守り、手段は書き換える
ブータンは2010年、世界で初めてタバコの喫煙と販売を禁止した国になった。ところがパンデミック下で国境を越えた密輸を止めるため、2021年の新たなタバコ管理規則(TCRR)で輸入・販売・消費を認める方向に転じている。健康と秩序という目的は動かさず、密輸という現実に対して手段を切り替えた判断だ。
ここは真似しやすい。自分のルール(生活習慣でも社内規定でも)を点検するとき、「目的」と「手段」を別の行に書き分ける。手段が現実に負けているなら、目的を諦めるのではなく手段を差し替える。禁止が抜け道を育てているなら、管理下に置いた方が目的に近い、という判断があり得る。
時間の使い方は、この国の文化から借りられる
ブータンの文化には、時間設計の見本がいくつもある。
- トンドル(大タペストリー):ツェチュ(宗教祭)の最終日、夜明け前にゾンの中庭で数時間だけ広げられ、朝日が当たる前に巻き上げられる。見るだけで功徳があるとされる価値を、意図的に短時間に閉じ込めている。
- 仮面舞踊チャム:一つの舞に数時間、全体で2〜4日。17世紀半ばのガワン・ナムゲル由来の演目が、ほぼ変わらずに伝わっている。
- 僧の長期閉関:一般的な長さが「3年3か月3週間3日」。しかも期間中は師と定期的に会い、進み具合を確認される。
- 中央僧院の季節移動:600人ほどの僧が夏はティンプー、冬はプナカ・ゾンへ下る。季節に合わせて拠点を変えるという、無理をしない設計。
この四つは全部、「期間を先に決める」「終わりを設計する」という同じ発想でできている。僕が実際にやっているのは、トンドル方式の限定公開(資料や試作を数時間だけ公開して反応を測る)と、閉関方式の固定期間集中(期間を先に区切り、途中で必ず第三者にレビューさせる)だ。だらだら続く企画より、終わりが決まっている企画のほうが人は動く。
この国の指標設計そのものが発明だった
1970年代、国王はGDPよりも国民総幸福量(GNH)を重視すると打ち出した。開発には多くの側面があり、経済目標だけでは足りないという考え方だ。観光政策も同じ方向で、環境意識の高い上質な旅行者の訪問を促す形で慎重に拡張されてきた。実績も出ている。2016年にはSAARC域内で経済的自由度・ビジネスのしやすさ・平和・腐敗の少なさで首位、2024年の世界平和度指数では21位で南アジア最上位。Travel + Leisureはこの国を「世界で最も静かな国」として紹介している。
指標を自分で選び直すこと。これが最後の持ち帰りだ。売上や登録者数の横に、自分が本当に増やしたい数字を一つ置く。僕の場合は「再訪してくれた人の数」。増やしたいものを測っていないと、増えたかどうかもわからない。ブータンは半世紀前にそれを国家規模でやり、余った電気を資産に変える国になった。順番は、いつも測定からだ。