カリブ海の東の端、面積430平方キロメートルほどの小さな島国バルバドスが発行する国債には、ほかの国の債券にはない一行が入っている。「大きな災害が起きたら、返済を2年間止めてよい」。しかも、止めるかどうかを債権者と交渉する必要はない。条件を満たした瞬間に自動で発動する。

この一行を書き込んだのは、財政的に世界で最も余裕がなかったころのバルバドスだ。そしていま、世界銀行も、73カ国の政府も、同じ発想を自分たちの融資契約に取り込み始めている。小国が発明した契約書の一行が、国際金融の標準になりつつある。かなり面白い話で、しかも規模を落とせば個人の仕事にもそのまま効く型が入っている。

「災害が来たら、2年止めていい」と書いてある国債

正式には「自然災害条項(natural disaster clause)」と呼ばれる。発動すると、その後2年間、元本の償還が繰り延べられ、利息は現金で払わずに元本へ組み入れられる。つまり国から現金が出ていかない期間が、2年間できる。

効果は小さくない。この条項によって災害時に復旧へ回せる資金は最大7億米ドル、バルバドス経済の約15%に相当すると評価されている。国土が壊れた直後に、借金の返済ではなく、瓦礫の撤去と電気と水道に回せる金額だ。

災害保険とは発想が違う。保険は「起きたあとにお金が入ってくる」仕組みで、平時に保険料を払い続ける必要がある。自然災害条項は「起きたあとにお金が出ていかない」仕組みで、平時のコストがほぼゼロだ。支払い査定を待つ時間もない。

なぜ書けたのか——支払いを止めた年から始まっている

2018年5月、ミア・モトリー率いる労働党が総選挙で圧勝した。新政権が引き継いだ公的債務は、同年5月末時点でGDP比157%。IMFは前年の時点で、この水準を持続不可能と判定していた。

翌6月、政府は対外商業債務の支払いを停止する。同年10月にIMFの拡大信用供与措置(2億9000万米ドル)の裏づけを得て、債務再編に入った。国内債権者との合意が2018年10月、対外債権者との合意が2019年10月。約1年をかけて、国内債務も対外債務もまとめて紙を書き換えた。

ここが賢い。債務再編とは、要するに借金の契約書を全部書き直す作業だ。バルバドスは「利率と満期を組み替える」だけで終わらせず、その機会を使って「次に災害が来たときの取り決め」まで一緒に書き込んだ。契約書を開けている時にしかできないことを、開けている間にやった。

判断を人間の手から外したところが効いている

この条項の核心は、発動条件の設計にある。「大きな災害だったかどうか」を、政府にも債権者にも判断させない。

基準に使われているのは、カリブ海地域の各国が加盟するカリブ災害リスク保険基金(CCRIF)の保険金支払額だ。国内債の場合、CCRIFからの支払いが500万米ドルを超えたら発動する。対外債についても、ハリケーン・洪水・地震という災害の種類ごとに、それぞれ異なる支払額のしきい値が設定されている。

CCRIFはパラメトリック型の保険で、被害額を人が査定するのではなく、風速や降水量といった観測値から支払額が決まる。つまりバルバドスの国債は、「気象データ→保険金額→返済停止」という、当事者の裁量が入らない連鎖でできている。

災害の直後は、政府も債権者も冷静ではいられない。交渉すれば数カ月かかり、その数カ月がいちばん資金の必要な時期と重なる。だからバルバドスは、交渉そのものを消した。危機の最中に決めるのではなく、平時に決めておいて、危機のときは条件判定だけが走る。

市場は、この保険料を取らなかった

ここで多くの人が予想するのは「そんな有利な条項を入れたら、投資家は嫌がって金利を上乗せするだろう」という反応だ。実際、この点は長く論争になっていた。

答えが出たのは2025年6月だ。バルバドスは5億米ドルの国際債を発行し、そこに自然災害条項を入れた。既発債の再編ではなく、新規発行の国際債にこの条項が入ったのは世界初になる。しかも対象はハリケーンと洪水だけでなく、パンデミック級の保健危機まで広げられた。

クーポンは8%。同種の条項を持たない他のカリブ諸国の起債と比べて、わずかに低い水準だった。上乗せ金利はつかなかった。バルバドス政府に助言したアドバイザーは、これで「条項を入れたら市場がプレミアムを要求するのか」という議論は終わるはずだ、と述べている。

持ち帰るならここだ。「相手が嫌がるに決まっている」と思って出さなかった条件が、実際に出してみたら値段をつけられずに通ることがある。通るかどうかは、出してみるまで誰にも分からない。

世界が真似を始めた

発想そのものの初出はバルバドスではない。最初の自然災害条項は2015年、同じカリブ海のグレナダの債務再編に現れている。バルバドスがやったのは、それを国内債務と対外債務の両方に、公的債務のほぼ全体へ適用したことだ。結果としてバルバドスは、債務の残高そのものが気候耐性を備えた唯一の主権国家と呼ばれるようになった。

ここから先の広がりが速い。2023年のパリ・サミットでは、英国・フランス・バルバドス・ガーナ・米国・カナダ・スペインが主導し、73カ国が「2025年末までに気候耐性債務条項(CRDC)を導入せよ」という呼びかけに加わった。世界銀行は2023年6月にCRDCを導入し、2024年11月には対象を熱帯低気圧と地震から、干ばつ・洪水・保健上の緊急事態まで拡大している。

バルバドスの動きは条項だけにとどまらない。2024年11月には、世界初の「債務・気候耐性交換(debt-for-climate-resilience)」を成立させた。米州開発銀行と欧州投資銀行がそれぞれ1億5000万米ドルの保証をつけ、高コストの既存債務をより安い資金に置き換える。生まれた1億2500万米ドルの財政余地は、南海岸の下水処理場を近代的な再生水施設へ改修する事業などに充てられる。処理水は農業用の灌漑と地下水の涵養に回る。

債務の借り換えを、水の安全保障の予算に変換したわけだ。同じ論法は、モトリー首相が主導する国際金融改革案「ブリッジタウン・イニシアチブ」として、より大きな規模で提案され続けている。

小さく試せる形に落とす

国債の話に見えて、これは契約の設計思想の話だ。規模を落とすと、そのまま使える型が3つある。

  • 悪いシナリオは、起きる前に契約に書く。受注時の契約書、業務委託の合意、共同事業の取り決め。「うまくいかなかったとき」の条項は、関係が良好なうちにしか入れられない。揉めてから交渉するより、平時に一行足すほうが圧倒的に安い。
  • 発動条件は、自分の判断の外に置く。「重大な事情が生じた場合」ではなく、第三者が出す客観的な数値をしきい値にする。当事者の解釈が入る余地を残すと、そこが必ず紛争になる。
  • 契約書を開けている機会に、全部やる。更新、値上げ交渉、条件変更。書き換えのコストが発生するタイミングは年に何度も来ない。開いた時に、次の10年ぶんの備えまで入れておく。

バルバドスの公的債務はいまも重い。この条項があるから安全、という単純な話でもない。それでも、財政的に最も追い詰められた瞬間に、目先の利率だけでなく「次の災害が来た日の自分」への仕組みを一緒に書き込んだ判断は、真似する価値がある。制度は、余裕のある側だけの道具ではない。追い詰められている側こそ、設計で状況を変えられる。

参考・出典