世界でいちばん資産の持ち方がうまい国は、たぶんツバルだ。陸地は全部合わせて約26平方キロメートル。いちばん高い場所でも海抜4.6メートル。人口は2022年の国勢調査で10,643人。それなのにこの国の収入の柱は、その26平方キロメートルの上にほとんど乗っていない。「.tv」という2文字と、陸地の約2万9千倍ある海の使用権。そして2023年、ツバルは「国土が失われても国家は永久に存続する」と憲法そのものに書き込んだ。
地図に描けないものを、収入と存続に変えている国。順番に見ていく。
偶然もらった2文字が、年1000万ドルになるまで
ツバルの国名コードに由来する「.tv」は、1980年代に同国のccTLD(国別トップレベルドメイン)として実装された。テレビと同じ綴りになったのは、完全な偶然だ。1998年、政府はこの偶然を商業化しにいく。
ここからの経緯が面白い。最初の独占登録業者との契約は、2048年まで運営する代わりに5000万ドルを前払いする、という壮大なものだった。支払いが滞って頓挫。1999年にIdealabが引き継ぎ、こちらも財務難で条件が組み替わる。2001年12月31日、Verisignが4500万ドルで事業を取得。四半期ごとの支払いは100万ドルから55万ドルへ引き下げられ、期限が延長された。
つまりツバルは長いあいだ、この2文字を安く貸していた。潮目が変わったのは需要の側だ。2014年にTwitchがAmazonに買収され、配信サービスの住所として「.tv」が定着していく。2019年、ツバルがこのドメインから得た収入は約550万ドル。政府歳入の8.4%にあたった。
そして2021年12月14日、ツバルは登録運営をGoDaddy Registryに切り替える。政府への年間支払いは1000万ドルに引き上げられた。
ここが持ち帰りどころだ。ツバルは新しい資産を作っていない。同じ2文字の契約条件を書き直しただけで、金額が倍になった。需要は後から勝手にやってきた。ツバル側の仕事は、需要が来たことに気づいて、値付けをやり直すことだった。
自分に置き換えると、こうなる。偶然持っている記号——ドメイン、アカウント名、屋号、資格、住所、昔取った権利——のうち、「他人の需要が後から寄ってきたもの」はないか。あるなら、その値付けは最初に契約したときのままになっていないか。資産を新しく作るより、すでにある資産の条件を見直すほうが、たいてい速い。
陸の2万9千倍の海を、「日数」にして売る
ツバルの排他的経済水域(EEZ)はおよそ75万平方キロメートル。陸地26平方キロメートルの、約2万9千倍にあたる。しかもこの海は、中西部太平洋のマグロ漁場の東側にかかっている。
ではツバルは漁業国かというと、そうではない。自前の漁船団でマグロを獲って売るのではなく、「獲る権利」を単位化して売っている。ナウル協定加盟国が2007年に導入し、まき網漁について2010年から本格運用された「Vessel Day Scheme(操業日スキーム)」がそれだ。水域で何日操業できるかという日数を割り当て、その日数を外国の漁船に売る。
ツバル漁業局の計画文書は、この入漁料が政府歳入の半分を超えると説明している。船も、加工場も、乗組員も持たないまま、この国は漁業の元締めの側に立っている。
視点として使えるのはここだ。「自分でやる」から「自分の枠を売る」へ切り替えると、規模を持たない側でも交渉のテーブルに座れる。そのために必要なのは、稼働を数えられる単位に切ることだ。ツバルは「日」で切った。時間でも、席数でも、掲載枠でも、単位が決まれば値がつく。値がつけば、設備を持たずに収入になる。
「沈んでも国は残る」を、法律の文にした
2023年、ツバルは憲法を改正した。改正後の条文には、気候変動その他の原因によって物理的な領土が失われても、ツバルという国家は将来にわたって永久に存続する、という趣旨が明記されている。物理的な領土を国家の要件から外した憲法は、これが世界で最初とされる。
宣言として美しいが、実務としてもっと効いているのはその隣に置かれた規定のほうだ。憲法の付表で領海基線の座標を固定した。低潮線が後退しても、海岸や島の地形が変わっても、議会が別に定めない限り座標は変わらない、と書いてある。
なぜこれが効くか。海の権利は基線から測って決まる。基線が海面上昇で内側に動けば、75万平方キロメートルは自動的に縮む。縮めば、前の章で見た収入の柱がそのまま細る。だからツバルは、地形が動いても数字が動かないように、座標を紙の上に留めた。
これは応用の効く型だ。自分の価値が「何を基準に測られているか」を特定して、その基準のほうを先に固定しにいく。売上でも評価でも、測り方が変われば中身が同じでも数字は変わる。ツバルは、物差しの目盛りを法律で打ち込んだ。
守る・定義する・移す、を同時に走らせる
もうひとつ感心するのは、ツバルがどれか一つに賭けていないことだ。三本を並行して走らせている。
- 作る(物理):緑の気候基金の支援による第1期で7.3ヘクタール、続く1750万ドルの事業で首都の島フォンガファレに8ヘクタールの嵩上げ地を造成した。資金はオーストラリア・ニュージーランド・アメリカ、実施はUNDP。この土地は2100年以降も海面より上に残る設計になっている。
- 定義する(法):2023年の憲法改正。国家の存続と基線座標を、地形から切り離した。
- 移す(人):2023年に署名されたオーストラリアとの「ファレピリ・ユニオン」条約。毎年280人分の枠を無作為抽選で配り、オーストラリアで暮らし働き学べる永住資格につなげる。
この三本目の反響がすごい。初回の抽選登録は2025年6月16日から7月18日まで、登録料は25豪ドル。ここに8,750人が登録した。2022年国勢調査の居住人口10,643人と並べれば8割を超える規模で、国外在住者を含めた市民人口に対しても半数超と評価されている。2026年は5月1日から6月1日に第2回の登録が行われた。
注目すべきは、この三本が互いに独立に効くことだ。嵩上げした土地が想定より早く危うくなっても、憲法の条文は生きている。憲法上の主張が国際的に十分に通らなくても、人はもう動ける。人が動いても、固定された基線のおかげでマグロの入漁料は入り続ける。どれか一本が外れても、残りが立っている。
不確実性が大きいときにやるべきは、最善の一案を磨き込むことではなく、外れ方が互いに違う三本を並べることだ。ツバルはそれを国家規模でやっている。
今日から使える棚卸し
ツバルの面白さは「沈む島の悲劇」ではない。26平方キロメートルしかない国が、地図に描けないものを契約と法律の文に変換して、収入と存続に結びつけている。その手際だ。
まねできる形にすると、棚卸しの項目は三つになる。
- 偶然持っている記号:名前、ドメイン、アカウント、屋号、肩書き。需要が後から寄ってきていないか。寄ってきているなら、値付けは古いままではないか。
- 自分だけが正当に発行できる枠:時間、席、掲載、推薦、許可。単位に切れば、設備を持たずに売れる。
- 価値を測っている基準:その基準が動くと自分の数字も動く。動かないように先に固定できる部分はどこか。
三つとも、土地がなくても持てるものだ。世界でいちばん土地の少ない国のひとつが、そのことを実演して見せてくれている。