アゼルバイジャンには、建物に入ると15の政府機関と30の民間企業が同じフロアに並んでいる場所がある。パスポートも、公証も、各種証明も、そこにいる別々の組織の担当者が、同じカウンター列で処理する。名前は「ASAN」。アゼルバイジャン語で「簡単」という意味だ。
面白いのはここからで、この国は省庁を作り直していない。省庁はそのまま残したまま、市民が触れる「窓口」だけを新しく作って前に置いた。公表されている市民満足度は99.8%、平均待ち時間は17分だ。
頭文字に「評価」が入っている
ASANは略語でもある。Azerbaijan Service and Assessment Network——アゼルバイジャン・サービス・アンド・アセスメント・ネットワーク。3文字目のAはAssessment、つまり「評価」だ。サービスの名前に、自分たちを測る言葉が最初から埋め込まれている。
これは飾りではない。英シンクタンクCentre for Public Impactの分析によれば、センターでは四半期ごとに市民満足度調査が回り、責任の所在・透明性・効率、申請書のわかりやすさ、待ち行列の管理精度、苦情の発生率といった項目が測られる。統計は日次で集められ、運営の判断材料になる。「良くなったはず」ではなく「今週の数字はこうだった」で動く仕組みだ。
成果はわかりやすい指標に出ている。2025年時点で全国28拠点、400を超える行政・民間サービスを1か所で提供し、平均待ち時間は17分。役所の待ち時間が「17分」という粒度で語られること自体が、測り続けている証拠になっている。
2012年の大統領令と、人の設計
ASANは2012年7月13日、大統領令第685号で設立された。担当するのは大統領直属の「公共サービス・社会革新国家庁」で、司法や保健などの各省庁と横に連携する形をとる。既存の官僚組織を解体して作り直すのではなく、その上に一枚、市民向けの層を重ねたわけだ。
人の集め方も特徴的だった。Centre for Public Impactによれば、初期のセンターで働く職員は18〜35歳が中心で、半数以上が海外で学んだ経験を持っていた。さらに17〜25歳のボランティアが3,000人以上いて、自力で申請書を書けない人に付き添う。窓口を「人を増やして捌く」のではなく、「詰まる場所に人を置く」設計になっている。
2013年からは移動式のASANも走り出した。バスが遠隔地まで出向き、センターに来られない人のところでサービスを提供する。窓口を1か所に集めた国が、同時にその窓口を動かして配りにいく。集約と出張は矛盾しない、という実証だ。
透明性の副作用も大きかった。手続きが一箇所に集まり、担当者と申請者が閉じた部屋で向き合う場面が減れば、非公式な「お礼」が挟まる余地も減る。Centre for Public Impactは、この時期にアゼルバイジャンがトランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識指数で143位から119位へ4年で改善したと記録している。OECDも、ASANセンターの拡大が汚職の温床となる条件を取り除くことに寄与したと評価している。
輸出されている「窓口」
2015年、ASANは国連公共サービス賞(UN Public Service Award)を受賞した。市民本位で、近代的で、透明性が高く、革新的でアクセスしやすい公共サービス提供の国際的なモデルである、という評価だった。
そして実際に、これは商品として世界に出ている。ASANモデルの導入をめぐる二国間協定は25件に達し、アフガニスタン、韓国、マレーシア、ウズベキスタン、そして2025年2月に署名したコロンビアまで、4大陸に広がった。人口1,000万人規模の国が設計した行政の型を、韓国やマレーシアが見に来る。国の大きさと、輸出できるアイデアの質は別物だ。
現在はASAN AI Hubという仕組みも動いている。政府部門や民間組織が「困っていること」をポータルに課題として出し、スタートアップや研究者が解決策を提案して、選ばれれば一緒に実装するチャレンジ方式だ。責任者のラマン・イブラヒモワ氏が信頼構築の要点として挙げているのが、明確な基準とルールを設けること、スタートアップに期日通りに支払うこと、知的財産権を尊重すること。行政とスタートアップの協業が空回りする理由を、正確に裏返している。
火の国が掘り当てた、次の資源
アゼルバイジャンは「火の国」と呼ばれる。首都バクー近郊のアブシェロン半島にあるヤナルダグでは、地下から染み出す炭化水素ガスが多孔質の砂岩を通って地表に出て、最大3メートルほどの炎を上げ続けている。起源には諸説あって、1950年代に羊飼いが火を落としたという地元の説明もあれば、4,000年燃え続けているとする説もある。いずれにせよこの土地では、火が地面から自然に出てくる。だからこそ古代からゾロアスター教にとって重要な場所になった。
その地下資源は近代にも効いた。1846年、技師ニコライ・アレクセーエフがビビヘイバトで打撃式掘削により深さ21メートルで石油を掘り当てている。アメリカのドレークによる有名な1859年の油井より13年早い。1901年には、この一帯が世界の石油生産の半分以上を占めるまでになった。
資源で回ってきた国が、次に手をつけたのが「手続きの摩擦」だったというのが、僕にはとても面白く見える。地面から出てくるものはいつか減る。だが、市民が役所で失っている時間は、掘れば掘るほど出てくる資源だ。
持ち帰れる型
ASANの発想は、国家の話としてだけ読むにはもったいない。「中身を作り直さずに窓口だけ作り直す」という順番は、個人の事業でもそのまま使える。
- 裏側を直す前に、入口を1つにする。 システム統合は重いが、顧客が最初に触れる場所を1本化するのは軽い。問い合わせ先が3つあるなら、まず1つにまとめてから中身を考える。
- 名前に「評価」を入れる。 年1回のアンケートではなく、取引のたびに1問だけ聞く。測る仕組みをサービスの標準装備にしてしまえば、改善は勝手に議題に上がる。
- 指標を体験の言葉にする。 「処理件数」ではなく「平均待ち17分」。顧客が実際に感じているものを数字にすると、どこを直すべきかが自動的に決まる。
- 詰まる場所に人を置く。 全部を自動化しなくていい。申請書が書けない人の隣に座る役を用意するだけで、完了率は変わる。
- 届かない相手には、こちらから動く。 窓口を集約したうえで、来られない層にはバスを出す。
今週1つだけ試すなら、2番目がいい。自分のサービスで、取引のたびに1問だけ聞く仕組みをつくってみる。ASANの3文字目を、自分の看板にも足してみるということだ。
参考・出典
- ASAN — About us(公式サイト)
- ASAN service — Wikipedia
- Azerbaijani Service and Assessment Network (ASAN) — Centre for Public Impact
- Azerbaijan's ASAN Service Model Expansion — The Europe Today (2025/06/13)
- Bringing solutions from AI startups to the government: the ASAN AI Hub — Oxford Insights
- Azerbaijan's ASAN Xidmət awarded UN prize — AZERTAC
- Yanar Dag — Wikipedia
- Petroleum industry in Azerbaijan — Wikipedia