カリブ海に浮かぶ人口約1,500人の小さな島バーブーダには、世界でもほぼ唯一の土地制度がある。島のすべての土地が住民全員の「共有」であり、誰も売買できない。この仕組みは、奴隷制廃止から約200年にわたって機能してきた。個人の所有権こそが発展の前提だと思い込みがちな僕たちに、バーブーダは別の選択肢を見せてくれる。
「土地はみんなのもの」が生まれた経緯
バーブーダはアンティグア・バーブーダを構成する2島のうちの1つで、面積は約160平方キロメートル。隣のアンティグア島がサトウキビのプランテーションとして開発されたのに対し、バーブーダは植民地時代もプランテーション化されなかった。1834年に英国で奴隷制が廃止されると、解放された人々はこの島に残り、土地を共同で管理する慣習を築いた。
この慣習は1904年に英国政府から公式に認められ、1976年のバーブーダ地方自治法(Barbuda Local Government Act)で行政的に制度化された。そして2007年、バーブーダ土地法(Barbuda Land Act 2007)が「すべての成人バーブーダ人が土地を共有で保持する」と明文化した。
共有地はどう運営されているのか
仕組みはシンプルだ。土地は国家の所有物でもなく、個人の私有財産でもない。住民が土地を使いたいときは、選挙で選ばれたバーブーダ評議会(Barbuda Council)に申請する。大規模な開発には住民の多数決による同意が必要とされていた。
この制度がもたらしたものは大きい。カリブ海の多くの島がリゾート開発で海岸線を売り渡してきた一方、バーブーダは土地を市場に出さなかったことで、沿岸部の生態系やラグーンを守り続けた。マスツーリズムとは異なる、小規模で住民主導の暮らしが成り立っていた。土地が投機の対象にならないからこそ、島のコミュニティが安定していたともいえる。
ハリケーン・イルマと、揺らいだ土台
2017年9月、カテゴリー5のハリケーン・イルマがバーブーダを直撃し、インフラの約99%が損壊した。全住民がアンティグア島へ避難を余儀なくされた。
その直後、アンティグア・バーブーダの中央政府は2018年にバーブーダ土地法を廃止し、外国人による土地のリース購入を可能にする法改正を行った。政府側の説明は「住民が銀行融資を受けて家を再建するには、個人の土地所有権が必要」というものだった。一方、住民や国際人権団体からは、ハリケーンの混乱に乗じた動きではないかとの批判が上がった。Human Rights Watchは2018年7月、バーブーダ住民の土地の権利を守るよう求める声明を出している。
200年近く続いた共有地制度が、自然災害と法改正という二重の衝撃で揺らいでいる。ただし、バーブーダの住民たちは今も共有地の理念を手放しておらず、法的な異議申し立てや住民運動を続けている。
「コモンズ」から持ち帰れる視点
バーブーダの事例は、僕たちが何かを共同で管理するときのヒントをくれる。
- 「売れない」がセーフティネットになる。土地を市場の外に置いたことで、短期的な利益より長期的な生態系と共同体の安定が優先された。コモンズ(共有資源)の設計では「売却不能」というルール自体が資産を守る壁になる。
- 小さなガバナンスが機能する条件。人口約1,500人、面積約160平方キロメートルという小さな規模だからこそ、住民の多数決で開発の是非を決めるプロセスが回っていた。チームやコミュニティの運営でも、意思決定に全員が関われるサイズには最適値がある。
- 危機のときこそルールが試される。ハリケーン後の法改正が示すように、共有の仕組みは平時には安定しても、非常時に外部の力学で覆されるリスクがある。大事なルールほど、危機的状況を想定した防御策を事前に組み込んでおく必要がある。
アンティグア・バーブーダは、観光と投資プログラムで知られるカリブ海の小国だ。しかしその片方の島で、奴隷解放から200年にわたって「土地は誰のものでもなく、みんなのもの」という原則が生きてきた事実は、所有権の常識を問い直す材料になる。小さな島の実験は、コモンズの設計について考えるすべての人に開かれている。