2025年7月1日、ベトナムは行政の「中間層」をまるごと消した。63あった省・直轄市を34に統合し、696あった県(ディストリクト)レベルの行政単位をすべて廃止。社(コミューン)レベルも60〜70%削減。国の地図を文字どおり描き直す、1986年のドイモイ以来最大の構造改革だ。
何が起きたのか——行政を「4層」から「2層」へ
改革前のベトナムは、省→県→社(コミューン)→村という4層構造で動いていた。これを省→社の2層に圧縮した。県レベルの役所がすべてなくなり、住民が行政サービスを受ける窓口が一気にシンプルになった。
背景にあるのは、行政コストの膨張だ。国土面積約33万km²、人口約1億人のベトナムに63省・696県という細かな単位が並び、機能の重複と責任のたらい回しが常態化していた。行政経費が国家予算の約70%を占めるまでに膨れ上がっていたとされる。ベトナム政府はこの改革で2030年までに70億ドル以上の削減効果を見込んでいる。
ホーチミン市が「メガ都市圏」になった
統合で特に面白いのは、都市の範囲が一気に拡がったことだ。ホーチミン市はビンズオン省やバリア=ブンタウ省を取り込み、港湾・工業地帯・住宅地を一体の行政圏に収めた。結果、ホーチミン市は海上港89港とオフショア油ガス港10港、合計99港を管轄する巨大港湾都市になった。
カントー市も興味深い。もともと最寄りの港から約100km離れた内陸都市だったが、統合後は21港へのアクセスを持つ都市に変わった。県の壁がなくなったことで、都市と港が制度上つながった。行政の線を引き直すだけで、物流の地図が変わる好例だ。
「地元が決め、地元がやり、地元が責任を取る」
この改革のスローガンは明快だ——「地元が決め、地元がやり、地元が責任を取る(locals decide, locals do, locals take responsibility)」。県を経由して省に上げていた許認可が、社レベルで直接処理される。政府はDecree 118/2025で「ワンストップ行政センター」の設置も義務化し、窓口のたらい回しを制度的に断つ設計にした。
外国企業にとっても変化は大きい。これまで県レベルで止まっていた許可申請が、省か社で直接処理される。承認までのステップが物理的に減った。
持ち帰れる視点——「中間層を抜く」という設計思想
ベトナムの改革から抽出できる型は、組織設計で広く使える。
- 中間管理層が「調整」だけしているなら、抜いたほうが速い。ベトナムは県レベルが情報を上に渡し、指示を下に渡す中継点になっていたことを問題視した。決定権を現場(社)に降ろし、監督を上位(省)に集約した。
- 境界を引き直すと、資源がつながる。ホーチミン市とカントーの例が示すように、行政の線を消すだけで港・工場・人材が一体のシステムになった。チーム編成やプロジェクトの区分けでも、壁を引き直すだけで動きが変わることがある。
- 改革には「窓口の統一」がセットで要る。構造を変えても、問い合わせ先がバラバラなら混乱が増えるだけだ。ベトナムがワンストップセンターを同時に制度化したのは、構造変更と運用変更を一体で進めた好例だ。
規模は国家レベルだが、「重複する中間層を削り、現場に権限を渡し、窓口を一本化する」という骨格は、10人のチームでも1万人の組織でも試せる。ベトナムは国ごと実験台に乗せた。その結果が出るには数年かかるが、設計の考え方自体は今日から使える。
参考・出典
- 2025 Vietnamese administrative reform – Wikipedia
- Vietnam Officially Consolidates from 63 to 34 Provinces and Cities – Vietnam Briefing
- Vietnam's Big Governance Shake-Up: What 34 Mega-Provinces Really Mean – Source of Asia
- Vietnam Launches Historic Transition to 34 Provinces and Major Cities – US-ASEAN Business Council