イエメンには「世界最古の摩天楼」がある
マンハッタンのスカイラインが完成するはるか前、イエメンの谷間にはすでに高層ビル群が立ち並んでいた。ハドラマウト渓谷に位置する城壁都市シバーム(Shibam)には、日干しレンガで造られた約500棟のタワーハウスが密集し、高いものは地上11階建て・30メートルを超える。1930年代にこの街を訪れた英国の探検家フレヤ・スタークが「砂漠のマンハッタン」と呼んだのも納得の光景だ。
しかも、これは観光用の復元ではない。シバームは3世紀頃から人が暮らし続けており、現在も約7,000人が住む「現役の高層都市」だ。1982年にはユネスコ世界遺産に登録されている。
泥のレンガで11階建てを実現した工学
鉄骨もコンクリートもない時代に、なぜ泥で高層建築が可能だったのか。答えは「テーパー構造」にある。シバームのタワーハウスは、壁の厚さが地上階で約1メートル、最上階では30センチ未満にまで細くなる。下に行くほど太い壁が荷重を支え、上に行くほど軽くすることで、泥という素材の限界の中で最大限の高さを実現している。
内部の構造も合理的だ。1階と2階は窓がほとんどなく、倉庫や家畜のスペースとして使われる。居住空間は3階から上に配置され、最上階には「マフラージ」と呼ばれる見晴らしのよい客間が置かれる。つまり、用途ごとにフロアを分ける「垂直ゾーニング」を、何百年も前から実践していたということだ。
首都サナアにも6,000棟の塔が林立する
イエメンのタワーハウス文化はシバームだけではない。首都サナアの旧市街には、11世紀以前に建てられたタワーハウスが6,000棟以上残っている。こちらは最大9階建てで、下層は重い石造り、上層に行くほど軽いレンガに切り替わるハイブリッド工法が特徴だ。
サナアの建物で目を引くのは、「カマリーヤ」と呼ばれるステンドグラスの半円窓だ。石膏の枠にはめ込まれた色ガラスが幾何学模様を描き、採光と装飾を兼ねる。外壁にも焼きレンガと白い石膏で幾何学的な帯模様が施され、砂漠の都市とは思えない華やかさがある。サナア旧市街は1986年にユネスコ世界遺産に登録された。
「毎年塗り直す」という維持の思想
泥の建物は、放っておけば風雨で崩れる。だからシバームのタワーハウスには「毎年、新しい泥を塗り重ねる」というメンテナンスサイクルが組み込まれている。建物は「完成したら終わり」ではなく、「住みながら直し続ける」ことを前提に設計されている。
この発想は、現代のソフトウェア開発にも通じる。完璧なバージョン1.0を出すことより、小さく出して継続的に改善する方がシステムは長く生き残る。イエメンのタワーハウスは、1,700年の歴史でそれを証明している。
制約が「上」を向かせる
シバームが高層化した最大の理由は、平地が限られていたことだ。ハドラマウト渓谷の狭い土地に城壁を築き、その内側に住む必要があった。外には洪水のリスクがあり、ベドウィンの襲撃にも備える必要があった。使える土地が限られ、守るべき条件が多いからこそ、人々は「上に伸ばす」という解決策を選んだ。
これは事業づくりにも当てはまる。予算が少ない、人が足りない、時間がない。そうした制約は不利に見えるが、実際には解決策の方向を絞り込んでくれる。シバームの人々は泥しかなかったからこそ、泥を極限まで使いこなす技術を磨いた。「足りない」を嘆くより、その制約の中で上を目指すほうが、結果的にユニークなものが生まれる。
持ち帰れる視点
- 垂直ゾーニングを自分の仕事に応用する。シバームのタワーハウスは、下層に重くて動かさないもの(倉庫・家畜)、中層に日常の居住空間、最上階に見晴らしと思考の場を置いた。自分のプロジェクトでも、基盤(インフラ・仕組み)→日常オペレーション→戦略的思考と、レイヤーを分けて整理すると見通しが良くなる。
- 「完成」より「塗り直し続ける設計」。泥の建物は毎年塗り直すことで1,700年もつ。プロダクトも事業計画も、最初から完璧を目指すより、定期的にメンテナンスする前提で設計するほうが長持ちする。
- 制約は方向を示してくれる。使える土地が狭いから上に伸ばす。泥しかないからテーパー構造を工夫する。自分のリソースの制約をリストアップしてみると、それ自体が次のアイデアの出発点になる。