シベリアの凍土の下には、大気中のほぼ2倍にあたる約1兆5,000億トンの炭素が眠っている。この巨大な「炭素の金庫」が気温上昇で溶け出せば、気候変動は一気に加速する。ところが、この問題に「動物を放牧する」という驚くほどシンプルな方法で挑んでいる親子がいる。サハ共和国チェルスキー近郊の「更新世パーク(Pleistocene Park)」。ここで起きていることが、めちゃくちゃ面白い。
バイソンとヤクが永久凍土を守る仕組み
更新世パークは、ロシアの地球物理学者セルゲイ・ジーモフが1996年にコリマ川沿いに設立した、160平方キロメートルの自然保護区だ。現在は息子のニキータ・ジーモフと共同で運営している。
やっていることは明快で、かつてマンモスやバイソンが闊歩していた「マンモスステップ(草原)」を、現代の大型草食動物で再現するというものだ。現在パーク内にはヤクート馬、トナカイ、ヘラジカ、ジャコウウシ、アメリカバイソン、フタコブラクダなど多様な動物が暮らしている。
なぜ動物が凍土を守るのか。メカニズムはこうだ。
- 雪を踏み固める:冬、動物たちが雪原を歩き回ると、雪の密度が約50%上がる。ふかふかの雪は断熱材として地面を暖めてしまうが、踏み固められた雪は冷気を通しやすい。結果、地面がしっかり冷える。
- 草原を維持する:動物が木の芽や低木を食べることで、森林ではなく草原が維持される。草原は雪の反射率(アルベド)が高く、夏は森林より地表温度が低い。
実測データが、このシンプルな理屈を裏付けている。放牧地の冬の地温は、未放牧地に比べて約7℃低い。たった7℃と思うかもしれないが、永久凍土が溶けるか溶けないかのギリギリにある土地では、この差が決定的だ。
「地下世界への入口」が示す緊急性
更新世パークの取り組みがなぜ重要かは、同じサハ共和国にあるバタガイ・メガスランプを見るとよくわかる。
地元で「地下世界への入口」と呼ばれるこの巨大な陥没地形は、幅約990メートル。1970年代に斜面の一部が崩落して生まれ、今も毎年約100万立方メートルのペースで拡大し続けている。露出した地層には、最大65万年前の永久凍土が含まれ、4万2,000年前のウマの完全な子馬の遺体が壁面から突き出た状態で発見されたこともある。
タイムカプセルとしては壮観だが、これは同時に、凍土が溶けて炭素が大気に放出されているということでもある。シベリア最大の都市ノリリスクでは、永久凍土の融解によって建物の約60%が損傷を受け、10%が放棄されている。インフラの崩壊は、すでに現実の問題だ。
1万年前の草原を「再起動」するという発想
ジーモフ親子の仮説の核心は、マンモスステップが消えた原因にある。通説では気候変動が原因とされるが、彼らは「人間による大型動物の乱獲」が主因だと考えている。大型草食動物がいなくなった結果、草原が森林やツンドラに遷移し、永久凍土が溶けやすい環境になった、というわけだ。
つまり、動物を戻せば草原が戻り、草原が戻れば凍土が守られる。この逆転の発想が更新世パークの根幹だ。
環境シンクタンクProject Drawdownは、このマンモスステップ復元の考え方を「地球温暖化に対する最も実質的な100の解決策」のひとつに挙げている。壮大に聞こえるが、やっていること自体は「適切な動物を適切な土地に放す」という、牧畜の知恵の延長線上にある。
持ち帰れる視点:「守る」より「戻す」で考える
更新世パークから学べるのは、環境問題に限った話ではない。
僕たちはつい、問題に対して「新しい技術で解決する」か「規制で抑え込む」かの二択で考えがちだ。でもジーモフ親子がやっているのは、「かつて機能していたシステムを復元する」という第三の選択肢だ。壊れたものを直すのではなく、壊れる前の状態に巻き戻す。
これはビジネスでも使える型だと思う。新しいツールを導入する前に、「以前うまくいっていた仕組みを、なぜやめたのか」を問い直す。チームが機能不全に陥ったとき、新しいプロセスを足す前に、かつて自然にうまく回っていた状態を思い出す。足し算ではなく、巻き戻しで解決できることは意外と多い。
シベリアの凍土を守っているのは、最先端のテクノロジーではなく、1万年前にそこにいた動物たちだ。答えは未来だけでなく、過去にもある。