太平洋の8つの小さな島国が、世界のツナ缶の約6割を支配している。しかもその仕組みが面白い。漁業権を「日数」に変えて売る——Vessel Day Scheme(VDS)と呼ばれるこの制度は、資源も軍事力も持たない国々が、巨大な漁業国と対等に渡り合うために編み出した発明だ。そしていま、気候変動がこの仕組みに新しい挑戦を突きつけている。
8カ国が世界のツナを握る仕組み
ナウル協定締約国(PNA)は、ミクロネシア連邦、キリバス、マーシャル諸島、ナウル、パラオ、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ツバルの8カ国で構成される。この8カ国の排他的経済水域(EEZ)を合わせると、西部・中部太平洋のマグロ漁獲量の約60%、世界全体の25〜30%をカバーする。
VDSの仕組みはシンプルだ。毎年、8カ国全体で漁船が操業できる「総日数」の上限(TAE: Total Allowable Effort)を設定する。各国にその日数が配分され、外国漁船は1日あたりの料金を払って操業する。当初の最低価格は1日8,000ドルだったが、現在は平均約12,000ドルまで上昇した。使い切れない日数は国同士で売買もできる。
この制度の導入前、8カ国の漁業アクセス料収入は合計で年間6,000〜7,000万ドル程度だった。VDS導入後、2016年には4億5,000万ドルを超え、6カ国では政府歳入の28〜98%を漁業ライセンス料が占めるまでになった。漁獲量を制限する「クオータ制」ではなく、操業日数を制限する方式を選んだことで、資源保全と収入最大化を両立させた。小国が持つ唯一の資産——広大な海——を、取引可能な「日数」という通貨に変換した発明だ。
魚が国の海から出ていく
ところが、気候変動がこのゲームのルールを変えようとしている。海水温の上昇により、カツオ(skipjack tuna)をはじめとするマグロ類が、各国のEEZから公海へと移動し始めているのだ。
科学的な予測によれば、IPCCの高排出シナリオ(RCP 8.5)のもとでは、2050年までに西部・中部太平洋の島嶼10カ国・地域のEEZ内におけるカツオ・キハダ・メバチの総バイオマスが平均13%減少し、そのぶん公海側で増加する。世界全体で見ても、12地域中11地域で、2030年には早くも沿岸国の水域から公海への魚の移動が始まると予測されている。中部インド太平洋では、58%の共有魚種が公海側に増加する見込みだ。
これは太平洋島嶼国にとって、単なる環境問題ではない。VDSの前提——「魚は自国の海にいる」——が崩れかねない、経済の根幹に関わる問題だ。
小国の打ち手:早期警戒と科学で先回りする
2026年6月、太平洋共同体(SPC)は、グリーン気候基金が資金を拠出する「地域マグロプログラム(GCF-FP259)」(2025〜2031年)の一環として、気候変動の漁業への影響を予測する早期警戒システム(Advanced Warning System)を発表した。SPCが主導し、太平洋諸島フォーラム漁業機関(FFA)、オーストラリアのCSIROが技術パートナーとして参画している。
このシステムは、海水温や海流の変化がマグロの分布にどう影響するかをモニタリングし、各国政府が経済・食料安全保障・生活へのリスクを事前に把握できるようにする。マーシャル諸島のGlen Joseph氏は「各国が気候ファイナンスにアクセスするために必要なエビデンスを提供する」とその意義を語った。
同じく2026年6月、クック諸島、フィジー、ニウエ、サモア、トンガの5カ国が南太平洋ビンナガマグロの持続的管理に関するMOU(覚書)に署名した。科学ベースの漁業管理を推進し、西部・中部太平洋漁業委員会(WCPFC)での交渉力を高めることが狙いだ。
読者が持ち帰れる「型」
PNAの物語から見えてくるのは、小さなプレイヤーが大きな相手と渡り合うための普遍的な型だ。
- 資産を「取引可能な単位」に変換する。 PNAは広大な海を「漁船が操業できる1日」という単位に分解した。曖昧な権利を、価格がつき、売買でき、上限を設定できる通貨にしたことで交渉力が生まれた。フリーランスが「時間単価」で仕事を設計するのと同じ構造だ。
- 小さい者同士で連合を組む。 8カ国がバラバラに漁業権を売っていたら、買い手に値切られるだけだった。束になったことで世界のツナ市場の6割を握る独占的なポジションを手にした。
- 前提が変わるリスクに、データで先回りする。 魚が移動するなら、それを予測するシステムを持つ国が次のルールを書ける。早期警戒システムは、変化を嘆くのではなく、変化の方向を先に知って手を打つための道具だ。
世界の片隅の小さな島国が、海という資産をどう通貨に変え、気候変動という新しいルール変更にどう対応しようとしているか。そこには、規模に関係なく使える「小さく始めて、仕組みで勝つ」思考法がある。