世界を回っていると、「これは自分の場所でも試せる」と思える仕組みに出会うことがある。今回はオランダで発展した高齢者向けの共同居住(コハウジング)だ。住民が自分たちで話し合ってルールを決め、独立した住戸を持ちながら共有のキッチンや庭を分かち合う。この「自治の住まい」を、日本の空き家に読み替えたら何が持ち帰れるのか。制度をそのまま輸入するのではなく、その骨格だけを抜き出して、僕自身が小さく試すところまで書いていく。

面白い発見:住まいを「自分たちで設計する」というやり方

オランダの高齢者向けコハウジングで一番面白いのは、住民自身が運営の主体になっている点だ。各世帯は独立した住戸を持ちつつ、共有の居間・キッチン・庭を分かち合う。掃除当番から夕食の頻度、新しい入居者を誰にするか、支え合いの距離感まで、住民が話し合って自分たちで線引きする。運営会社が上から規約を渡す「下宿」とは、ここが決定的に違う。

この違いは、日常のごく小さな場面に現れる。共有キッチンで牛乳が切れていたら、次に買い物へ出る住人が代わりに一本足しておく。介護保険の手続きに頼る前段階の、暗黙の見守りが自然に生まれる。豪華な設備の話ではなく、「暮らし方を自分たちで上書きできる」という設計思想そのものが価値なのだ。

なぜ重要か:血縁に頼らない住まいの選択肢が要る時代

いま日本では、老後の支えを血縁だけに置く前提が崩れつつある。子どもがいても老後の面倒を見てもらえるとは限らないし、単身世帯も増えている。そこで有効なのが、血縁ではなく「合意でつくる支え合い」という選択肢だ。オランダの高齢者コハウジングは、まさにそれを制度として何十年も運用してきた先行事例になる。

ここで事実を正確にしておきたい。「住民が自分たちでルールを決めて暮らす共同居住」という近代的な運動そのものの発祥は、通説ではオランダではなくデンマークだ。1960年代から70年代にかけて、建築家ヤン・グズマン=ホイヤーらを中心に、コペンハーゲン近郊で最初期の共同居住(デンマーク語でbofællesskab)が形になり、1972年頃に完成したSættedammenが原型として知られている。運動の起源はデンマーク。オランダは、1980年代以降とりわけ高齢者向けの共同居住(gemeenschappelijk wonen)を厚く発展させてきた国の一つ、という位置づけだ。

もう一つ面白い派生形がある。デーフェンターにある高齢者施設ヒューマニタスは、家賃の高いオランダで住まいに困る学生へ無償で部屋を提供し、その代わりに月あたり一定時間、高齢の入居者と過ごしてもらう仕組みで知られる。若い世代と年老いた世代が同じ屋根の下で時間を交換する。血縁でも金銭でもない通貨で成り立つ住まいが、現実に回っているわけだ。

持ち帰れる型:「管理された下宿」ではなく「上書きし続ける自治」

日本でこの話をすると、よく「共有キッチンのある素敵なシェアハウス」に読み替えられる。だが、そこが分かれ道だ。運営会社が用意した綺麗なルールブックの下で暮らす一般的なシェアハウスは、言ってしまえば「上手に管理された下宿」。オランダの高齢者コハウジングが持っているのは、住民自身がルールを書き換えていける「自治」だ。

違いは、冷蔵庫の牛乳パック一本の扱いに出る。管理された下宿なら、ルール違反として管理会社に伝えれば済む。自治の住居では「使い切ってないけど誰か使う? それとも捨てる?」と住民同士で声をかけ合う。手間はかかる。だがその小さなやり取りこそが、制度の見守りが届く前の支え合いの根になる。だから、外から完璧なシステムを探すのではなく、話し合いの場を持ち続けられるかどうかがすべてになる。職場のチーム運営や町内会の役員回りと同じで、面倒な合意形成に耐えうる関係をどう作るか。ここを手放さない限り、ただの安いシェアハウスとは違う居場所になる。

読者が持ち帰れる型を一つに絞るなら、こうなる。住民がルールを書き換えていける余地を残す。それが「下宿」と「家」を分ける境界線だ。制度そのものは文化も法制度も部屋の広さの感覚も違うから輸入できない。だが、この一段下の「自分たちで上書きしていく」という手触りは、文化を越えて持ち帰れる。

お金の側面:固定費を割るという発想

孤独の話と家賃の話は地続きだ。住まいを共同にする最大の実利は、一番重い固定費である家賃を数人で割れることにある。

いま外から見た日本は相対的に「安い国」の側にいる。イギリスの郵便局(Post Office)が毎年出している旅行費用の比較調査では、2024年に東京が世界の主要な観光都市のなかで最も割安な部類に数えられた。日本が本質的に安くなったというより、外からの視線で相対的に安くされている状態だ。数字上の残高は減らなくても、買えるものは静かに減っていく。だからこそ固定費の設計が効いてくる。

固定費の感覚は住む場所でまるで変わる。以前バルカン半島の物価を調べたとき、モンテネグロのコトルのような街ならうまく探せば宿は一泊数千円から、少し良い部屋でも一万円前後で泊まれる範囲だった(相場は季節や為替で動くので目安)。海外の安い土地へ移って固定費を下げるのも一つの道なら、その裏返しとして、国内の空き家を使い家賃を数人で割るのも一つの道だ。個室の家賃を絞り、共有スペースの維持費を割安に分かち合えば、浮いた固定費はそのまま老後資金を守る余力になる。旅の知恵を、そのまま住まいの知恵に読み替えられる。

自分の場所に置き換える:空き家一軒で図面を引いてみる

実際に日本の不動産サイトで「空き家」を検索してみると、地方の庭付き一軒家が出てくる。瓦屋根、六畳二間に広めの台所、裏手に小さな庭。頭のなかで壁を一枚抜いて、三〜四人の「擬似的な家族」が住む前提で図面を引き直す。どこを個室にして、どこを共有にするか。掃除道具はどこに置くか。Wi-Fiのルーターは廊下の天井近くか、居間の隅か。

ポイントは、これを賃貸契約の前にテーブルを囲んで自分たちで決めることだ。運営会社のマニュアルに従うのではなく、置き場所一つから自分たちの手で決める。その泥臭い時間が、後の暮らしの骨格になる。摩擦は当然ある。シンクに残った皿、金銭感覚のズレ、当番の不公平感。完璧な制度はどこにもない。だから「少し不公平があっても話し合いで上書きしていく」ことを続けられるかどうかが、自治の住まいとただの下宿を分ける。ここまで来ると、持ち帰るべきものは制度ではなく運用の作法だと、はっきり分かる。

小さく試す:月イチの持ち寄り夕食会から始める

いきなり大きな家を借りる必要はない。僕がまず試すのは、月に一度の持ち寄り夕食会だ。運営会社も入居審査も家賃の振替もない。友人を三〜四人呼んで、鍋物を一つ持ち寄る。カレーでもけんちん汁でもいい。誰かが蓋を開けたときの湯気だけで、ひとりで食べる食卓とは別のものになる。

面白いのはその先だ。食後の食器を誰が洗うかで、必ず「僕がやるよ」「いや今日は僕が」という小さなやり取りが起きる。その瞬間、文字に残さなくても「当番」という原型はもう生まれている。教室の掃除当番で、誰が窓を拭き誰が机を運ぶかを黙って分担したのと同じだ。「住民自らが話し合いでルールを決める」というのは、突き詰めれば「誰が鍋を洗うか」を自分たちで決めるということにすぎない。

この会を半年続けられたら、次のテストに進める。誰かが風邪を引いて欠席したとき、別の誰かが「お粥、持っていこうか」と自然に言える関係になっているか。そこまで育ったら、空き家の図面に「ここを共有キッチンに」と矢印を引く段階へ進めばいい。壮大な制度設計ではなく、この気配の積み重ねが本体だ。

孤独と家賃という二つの重さを一度に消す魔法はない。だが、オランダの高齢者コハウジングから抜き出した「自分たちで上書きしていく自治」という型は、持ち寄りの鍋一つからでも試せる。世界の面白い仕組みは、たいてい自分の台所から小さく始められる。まずはそこからいこう。

参考・出典

本記事は、以下の公開情報や一般に知られた事実を参照しつつ、著者の応用案として書いています。本文中の「日本の空き家への読み替え」は著者の応用案であり、一次情報にない効果や成果を保証するものではありません。コハウジング(近代的共同居住運動)の発祥については通説としてデンマークを、オランダは高齢者向け共同居住が発展した国の一例として記述しました。