面白い事実からいきます。日本人がタイに何十日も、しかもビザなしで滞在できる——これは世界の基準ではかなり恵まれた条件です。2026年春に「タイが60日間のビザなし滞在を見直す(日本を含む93カ国が対象)」というニュースが話題になりましたが、僕が注目したのはニュースそのものより、その前提のほうでした。私たちは「移動の自由」という強力な資産をすでに手にしていて、多くの場合それを使い切っていない。
この記事は、世界のニュースやSNSの断片を入口に、「当たり前だと思っている前提」を一度外して、あなた自身の場所——今いる会社、今払っている税金、今の働き方——に引き寄せて使える型に落とし込む話です。裏取りできた事実だけを積み上げます。
まず、そのタイのニュースを正確に読む
事実から確認します。タイは2024年7月15日から、日本を含む93の国・地域を対象に、ビザなし滞在を30日から60日へ延長する制度を始めました。ところが運用が緩すぎて長期滞在の抜け道になっているとの批判が国内で強まり、2026年5月にタイ政府はこの60日制度を縮小し、対象国も57へ戻す方針を閣議で承認しています。多くの国で滞在可能日数は再び30日に戻る見通しです。(1)(2)
冒頭のニュースが言う方向——「60日から短縮へ」——は、2026年時点では概ね正しい。ここで持ち帰ってほしいのは、制度は数年単位で伸び縮みするという一点です。だから「どの国が今どういう条件か」を自分で一次情報にあたって確かめる。これが場所を武器にする第一歩になります。バズった投稿を鵜呑みにした瞬間に、前提は古くなります。
そのうえで揺るがない事実がひとつ。日本のパスポートは、2026年のヘンリー・パスポート・インデックスでもシンガポール等に次ぐ世界最上位クラスで、180以上の国・地域にビザなし、または到着ビザで行けます。(3) この「移動の自由」は、これから紹介する7つの型すべての土台になる、私たちがすでに持っている資産です。
① 「住む場所」を収入から切り離す
会社員の発想では、収入は「勤め先の場所」に縛られます。東京の会社に勤めれば東京の給与水準、東京の家賃、東京の物価。でもリモートで完結する仕事なら、収入の出どころと、生活費を払う場所を切り離せます。ここが最初の視点の転換です。
具体例として、ジョージア(Georgia、コーカサスの国)が面白い。黒海とコーカサス山脈に挟まれたこの国は、フリーランスや小規模事業者にとって税制がとても軽いことで知られています。
- 日本国籍者はビザなしで最長1年間の滞在が認められている(2026年時点)
- 個人事業主として「スモールビジネス・ステータス」を取得すると、年間売上約50万ラリ(おおよそ18万米ドル)まで、事業所得への税率が1%になる制度がある(4)
- 首都トビリシの生活コストは、同等の暮らしで東京よりおよそ3〜4割低いという試算がある(5)
正確に補足します。この「1%」はジョージアの通常の所得税率ではありません。通常の個人所得税は一律20%で、1%はあくまで登録した個人事業主が受けられる優遇区分です。(4) 誰でも自動で1%になるわけではなく、登録・要件・売上上限があります。そして最も見落とされがちなのは、あなたがどの国で「税務上の居住者」になるかは、飛行機に乗った日数だけでは決まらないということ。ここは②で日本側のルールとセットで扱います。
この型のポイントは「今すぐジョージアに行け」ではありません。「住む場所は選べる」という前提を持てるかどうかで、この先の選択肢の幅が変わる、ということです。
② 税金は「払うもの」ではなく「設計するもの」——ただし日本の出口は甘くない
日本にいると、税金は給与から自動で引かれる「天引きされるもの」で、天気のように自分でコントロールできないものだと感じがちです。一方、国境をまたいで働く人たちは、税金を「設計する対象」として扱います。この視点の差は大きい。
裏取りできた範囲で、主要国の個人・法人課税を並べてみます。
| 国・地域 | 個人所得税の最高税率 | 特徴(裏取りベース) |
|---|---|---|
| 日本 | 45%(所得税)+住民税約10% | 原則として全世界所得が対象。出国後も一定期間は相続税・出国税の網がかかる(後述) |
| シンガポール | 24% | 属地主義に近く国内源泉が中心。キャピタルゲイン非課税(6) |
| UAE(ドバイ) | 0% | 個人所得税ゼロ。法人はAED37.5万超の利益に9%、VATは5%(7) |
| ジョージア | 20%(通常)/優遇区分で事業所得1% | 個人事業主のスモールビジネス・ステータスに限り1%(4) |
| エストニア | 法人は分配時22% | 利益を社内に留保する限り法人税は課されない(分配課税)(8) |
| ポルトガル | 個人最高48% | 旧NHR優遇は2024年に新規受付を終了。後継のIFICIは科学・技術・研究職向けに20%定率(9) |
ここで、この手の話がよく間違える2点を正しておきます。事実の精度こそがこの型の価値です。
誤り1:ポルトガルの税優遇はD7ビザではない。 税優遇制度の名前はNHR(非常習的居住者制度)で、D7は受動的所得者向けの「居住ビザ」つまり滞在資格であって、税制そのものではありません。しかもNHRは2024年度予算で新規適用が原則終了し、後継のIFICI制度は対象が科学・技術・イノベーション分野の専門職に絞られました。(9) 「D7で非居住者優遇が続く」という説明は事実と食い違います。
誤り2:「住民票を抜いて海外を転々とすれば相続税もかからない」は、そう単純ではない。 日本の相続税には「10年ルール」があります。日本国籍を持つ人は、被相続人・相続人のいずれかが相続開始前10年以内に日本に住所を有していれば、原則として国外財産にも相続税がかかります(無制限納税義務者)。(10) さらに、1億円以上の有価証券等を持って出国する人には「国外転出時課税(出国税)」があり、含み益に所得税がかかります。(11) つまり日本は、出ていく人に対しても数年〜十年単位で課税の網を残している国です。ここを「抜けば終わり」と誤解すると、後で大きな計算違いになります。
②の結論はこうです。税金を軽くする発想自体は世界の常識で、正当です。ただし日本のパスポートで生きてきた私たちにとって、それは「出れば自動で軽くなる」魔法ではなく、居住者判定・出国税・相続税の10年ルールまで含めて、税理士など専門家と設計すべき対象だ、ということ。この一段の丁寧さが、実際に成立させている人との差になります。
③ スキルを「日本価格」ではなく「海外価格」で売る
ここからは、場所や税金を動かさなくても——今日、日本にいたまま始められる型に移ります。
日本のエンジニアやデザイナー、ライターは、しばしば「スキルは高いのに単価が安い」と評されます。国内の相場に合わせて値付けをしているからです。ところが同じ人が、UpworkやLinkedIn、海外エージェント経由で海外企業の案件を受けると、報酬はドルやユーロ建てになります。円安が続くいま、月1万ドルの契約は、1ドル100円なら100万円ですが、1ドル150円なら150万円になる。(12) 同じ労働に対して、通貨の側が味方をしてくれる構図です。日本国内でも、時給30〜50ドル前後の越境リモート案件を受ける人が実際に増えていると報じられています。(12)(13)
ここは正確に見ておきます。日本語という参入障壁がない純粋な技術職の案件は、競合が世界中のエンジニアになります。英語が並程度・スキルも並程度では、価格でも実績でも競り負けやすい。(13) 現実的な突破口は、「日本人であること・日本市場を理解していること」自体が価値になる領域——日本向けローカライズ、日本語圏リサーチ、日本企業とのブリッジ役——を最初の足がかりにすることです。海外価格で売るとは、英語で安く戦うことではなく、あなたの「日本」を武器に高く売ることです。ここが一番おいしい。
④ 情報の「時差」を仕事にする
③と地続きの型です。海外で当たり前になっている手法・ツール・制度が、日本にはまだ入ってきていない。逆に、日本の文化・商品・作法が、海外ではまだ知られていない。この「情報の時差」そのものが、仕事になります。
大げさな独自ノウハウは要りません。海外の一次情報(公式ドキュメント、現地ニュース、英語圏の議論)を日常的に読み、日本語に翻訳・要約・文脈づけして届ける。その逆に、日本の情報を英語で発信して海外の読者に橋渡しする。冒頭のタイのビザの話も、制度の正確な日付を追えるかどうかで価値が変わりました。「一次情報にあたって差分を届ける」ことが、そのまま情報格差の仕事になる実例です。
④で一線を引いておきます。情報の時差で価値を出すことと、確かめていない噂を「速報」として流すことは別物です。前者は信頼を積み、後者は——冒頭で見たビザの誤解のように——読者を誤らせて信頼を失います。裏取りする手間こそが、この仕事の参入障壁であり、あなたの堀になります。
⑤ 一度作って、置いておけるものを持つ
③④は時間を切り売りする働き方です。ここで発想を変えます。一度作れば、その後もゆるやかに価値を生み続けるものを持てないか。いわゆるデジタル資産です。
電子書籍、有料note、オンライン講座、テンプレートや素材集、ソフトウェアやプラグイン——形はさまざまですが、共通するのは「作るのは一度、届くのは何度でも」という構造です。③で身につけた海外価格の感覚や、④で蓄えた情報の差分を、その場限りの受注で消費するのではなく、置いておける形にまとめ直す。それが⑤です。
ここでも誇張はしません。「不労所得」という言葉は魅力的ですが、実際には作る労力と、売れ続けるための手入れ(更新・宣伝・サポート)が要ります。完全にほったらかしで増える打ち出の小槌ではない。ただ、時間と収入が完全に比例する働き方に、少しでも「時間から切り離された収入」の割合を混ぜていく——その一本目の柱として、デジタル資産は現実的です。
⑥ 発信の相手を、日本ではなく世界にする
③〜⑤を一気に押し上げるのが、発信の言語と相手を変えることです。日本語だけで発信すれば、読者は事実上日本語話者に限られます。英語を一枚かませるだけで、理論上の相手は桁が変わります。
ここは数字を盛りたくなるところなので、あえて断定を避けます。「世界○億人が相手」といった見出しは景気がいいですが、実際にあなたに届くのは、そのうちあなたのテーマに関心を持つごく一部です。相手が増えるのは母集団であって、成果ではありません。⑥の本当の価値は「一発で世界に届く」ことではなく、③で受けた海外案件の実績を英語で見せ、④で作った情報の橋を英語でも架け、⑤のデジタル資産を英語圏にも並べる——その積み重ねで、あなたを見つけてくれる人の入り口を、日本語の壁の外にも開けることです。
⑦ 制度は変わる。だから「一次情報を追う力」を型にする
ここまで6つの型を見てきました。7つ目は少し毛色が違います。個別のテクニックではなく、これら全部を腐らせないための「土台の技術」です。
この記事の中だけでも、制度はいくつも動いていました。タイのビザは2024年に伸び、2026年に縮む。(1)(2) ポルトガルのNHRは2024年に新規受付を閉じ、別の制度に置き換わる。(9) エストニアも2025年に配当の優遇区分を見直しています。(8) 日本でも創業者利益への課税強化が議論され、日本ベンチャーキャピタル協会が2026年5月に経営層を対象に行った調査では、回答者の約8割が「税制次第では海外での創業や海外移住を検討する」と答えたと報じられました。(14)
つまり、どの国が有利かという「答え」は、数年で書き換わります。だから本当に価値があるのは、特定の国の名前を暗記することではなく、公式情報を自分で確かめ、SNSの噂と一次情報を切り分け、変化に合わせて自分の設計を組み替え続ける力です。この力そのものが、④の情報の仕事にも、②の税の設計にも効く、いちばん錆びない型になります。
完全ロードマップ——3ヶ月で「海外価格の一本目」を取りにいく
抽象論で終わらせないために、③(海外価格でスキルを売る)を軸にした、現実的な90日の道筋を置きます。派手さより、確実に一歩進むことを優先した設計です。
1ヶ月目——棚卸しと足場づくり。 自分のスキルのうち「日本人であること・日本を知っていることが価値になる」領域を1つ決めます(③参照)。英語のプロフィールと、日本語でよいので実績を3件、見せられる形にまとめます。並行して、②の税・居住のルールを「今の自分は日本居住者のまま」という前提で正しく理解しておきます。この段階で移住も出国も要りません。
2ヶ月目——小さく受けて、実績を作る。 UpworkやLinkedIn等で、単価より「実績と評価」を目的に小さな案件を取りにいきます。(12)(13) ドル建ての報酬を初めて受け取ることで、円安が味方する感覚が数字で腹落ちします。同時に、受注のたびに学んだことを④の情報発信や⑤のデジタル資産の種としてストックします。
3ヶ月目——値付けと再現性。 評価が付いたら、いよいよ単価を「日本価格」から「海外価格」へ寄せていきます。ここで初めて、報酬額と自分のライフスタイル次第で、①(住む場所)や②(税の設計)を専門家と一緒に検討する意味が出てきます。順番が逆——先に移住や節税から入る——だと、肝心の収入源が固まらないまま、生活費の安い場所に移るだけになりがちです。まず稼ぐ柱を立て、それから場所と税を設計する。この順番が効きます。
この3ヶ月は「型を7つ全部やる」ためのものではありません。⑦で言った「一次情報を追い、変化に合わせて組み替える力」を、実際の受注という形で一度回してみるための助走です。
まとめと、次の一歩
冒頭のタイのビザのニュースに戻ります。あれは「制度は伸び縮みする」「自分で日付まで確かめないと前提が古くなる」という、この記事全部の縮図でした。
世界の稼ぎ方を7つ並べましたが、共通しているのは魔法ではありません。日本というパスポートの強さを土台に(③〜⑥)、税と居住のルールを甘く見ずに設計し(①②)、そして何より、変わり続ける制度を自分で追う力を持つ(⑦)。この順番と姿勢さえ守れば、どれも過大な約束なしに、今日から始められます。
だから次の一歩は、飛行機のチケットでも、退職届でもありません。今いる場所のまま、ロードマップの1ヶ月目——自分の「日本を知っている強み」を1つ書き出し、英語のプロフィールに直すこと。あなたの「普通」は、世界のどこかでは高く売れる希少な何かかもしれない。それを確かめる作業から、世界の稼ぎ方は始まります。
本記事の制度・税率・数値は下記の出典で確認した2026年時点の情報に基づいています。税務・移住の最終判断は必ず一次情報と専門家に当たってください。
参考・出典
- (1) Khaosod English「Thailand to revert visa-free list to 57 countries, scrap 60-day scheme for 93 nations」 https://www.khaosodenglish.com/tourism/2026/04/27/thailand-to-revert-visa-free-list-to-57-countries-scrap-60-day-scheme-for-93-nations/
- (2) VisasNews「Thailand: Cabinet approves end of 60-day visa-free entry for 93 countries」 https://visasnews.com/en/thailand-cabinet-approves-end-of-60-day-visa-free-entry-for-93-countries/
- (3) Henley Passport Index(2026 ranking) https://www.henleyglobal.com/passport-index/ranking
- (4) Andersen in Georgia「Small-Business Status in Georgia (1% Tax Regime)」 https://ge.andersen.com/1-tax-regime/
- (5) Numbeo「Cost of Living Comparison Between Tokyo and Tbilisi」 https://www.numbeo.com/cost-of-living/compare_cities.jsp?country1=Japan&city1=Tokyo&country2=Georgia&city2=Tbilisi
- (6) PwC Worldwide Tax Summaries「Singapore - Individual」 https://taxsummaries.pwc.com/singapore/individual/other-taxes
- (7) PwC Worldwide Tax Summaries「United Arab Emirates - Individual」 https://taxsummaries.pwc.com/united-arab-emirates/individual/taxes-on-personal-income
- (8) PwC Worldwide Tax Summaries「Estonia - Corporate」 https://taxsummaries.pwc.com/estonia/corporate/taxes-on-corporate-income
- (9) Cuatrecasas「End of NHR regime - 2024 State Budget Law approved」 https://www.cuatrecasas.com/en/portugal/tax/art/end-of-nhr-regime-2024-state-budget-law-approved-1
- (10) 国税庁 タックスアンサー No.4138「相続人が外国に居住しているとき」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4138.htm
- (11) 国税庁「国外転出時課税制度」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/kokugai/01.htm
- (12) エンジニアスタイル「円安時代の海外案件獲得術:UpworkとLinkedInを駆使したドル稼ぎのリアル」 https://engineer-style.jp/articles/12816
- (13) しょーごログ「フリーランスとして海外案件をフルリモートで受注した話【エンジニアは厳しい】」 https://shogo-log.com/acquire-foreign-jobs/
- (14) 日本経済新聞「創業者利益に課税、来年強化 『国内起業意欲そぐ』9割 経営層対象、民間調査 『海外移住検討』8割」 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO96295230W6A510C2EA5000/