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トルコ人に学ぶ:インフレに負けない資産防衛術

著:Taiichi Fox

この本は、経済の教科書じゃない。トルコで暮らし、世界各地を見てきた一人の人間が、インフレについて感じたこと・考えたことを、正直に書いたものだ。「絶対にこうなる」という予言でもなく、「これをやれば儲かる」という投資アドバイスでもない。ただ、知らないよりは知っておいた方がいい話を、なるべく率直に伝えたい。

はじめに——なぜこの本を書いたのか

この本を書こうと思ったきっかけは、日本に一時帰国したときの友人の一言だった。

「インフレってさ、悪いものってわかってるけど、実感がないんだよね」

彼は決して無知な人間じゃない。新聞も読むし、ニュースも見ている。でも、物価が数パーセント上がったくらいでは、日常生活で「やばい」と感じることはない。日本のスーパーに行けば、相変わらず品揃えは豊富だし、コンビニには手ごろな値段のおにぎりが並んでいる。

そのとき私は考えた。「インフレは実感がないうちが一番危ない」と。

トルコに住んでいたときも、最初の半年くらいは「まあ、そんなに変わらないな」と思っていた。値段が上がっていることに気づいたのは、だいたい1年が過ぎた頃だ。「あれ、この前買ったときより高くなってない?」という小さな気づきが積み重なって、ある日突然「あ、この国のお金、やばいんだ」と理解した。

それでいいのだろうか。

トルコに住んで、インフレが日常になった世界を経験した者として言えることがある。インフレの怖さは、気づいたときには手遅れになっていることだ。

ゆっくりとしたインフレは、気温をじわじわ上げられた鍋の中のカエルと同じだ。急に熱くなれば飛び出せるが、気づかないうちに茹で上がってしまう。

この本では、私がトルコで見てきたこと、感じたこと、そしてトルコ人の友人たちから学んだ「インフレとどう付き合うか」について書く。

これは経済学者の理論ではない。投資家のノウハウでもない。ただ、実際にインフレの現場で生きてきた一人の人間の記録だ。

「日本は大丈夫」と思っている人にこそ、読んでほしい。

目次

  • 第1章 サーモン丼が教えてくれた現実
  • 第2章 トルコ人は給料日に何をするのか ← この先は有料
  • 第3章 通貨はただの紙である
  • 第4章 何が資産になり、何がゴミになるのか
  • 第5章 ダイヤは崩れ、金は残るのか
  • 第6章 次に価値が上がるもの
  • 第7章 世の中の大半はジャンクだ
  • 第8章 日本人に迫る"ゆっくりインフレ"
  • 第9章 コントロール不能になる前に
  • 第10章 インフレ時代の「借金」という武器

第1章 サーモン丼が教えてくれた現実

83リラだったあの丼が、今は1160リラ

以前、イスタンブールで過ごしていたとき、家の近くにあったSushiCoでサーモン丼を食べた。SushiCoはトルコで展開する日本食チェーン店で、現地の人にも観光客にも人気だ。正式メニュー名は Salmon Poke Bowl。たしか83TRY(トルコリラ)だった。2022年の話だ。当時のレートで換算すると、日本円にして約660円だった。「物価が安い」と素直に喜んでいた。

それが今、同じ Salmon Poke Bowl の値段は1160TRYだ。ざっと14倍である。

最初はシンプルに「高くなったなあ」と感じた。でも、ある日気がついた。これは「値上がり」じゃない。「通貨が壊れた」んだ。

ちなみに、同じものを日本円で換算するとこうなる。

2022年当時: 83TRY × 約8円/TRY(当時のレート)= 約660円

2026年現在: 1,160TRY × 約3.5円/TRY(現在のレート)= 約4,040円

リラベースでは14倍、円換算でも約6倍になった。ただし、この2つの倍率が違うことにこそ、通貨の物語が隠れている。リラで14倍になった値段が、円ではなぜ6倍で「済んで」いるのか。答えは、この4年でトルコリラ自体が円に対しても大きく値を下げたからだ。2022年に1リラ=約8円だったものが、今は1リラ=約3.5円。つまり円の側から見れば、リラは半分以下に縮んだ。リラ建ての激しいインフレ(14倍)が、リラ安によって一部打ち消され、円換算では6倍に収まっている——それだけの話だ。

だから、この円換算6倍という数字は「円も価値を失った証拠」ではない。むしろこの期間、円はリラに対しては強くなっている。円自身が痩せているかどうかは、リラ建ての丼ではなく、日本国内の値札で確かめるしかない。そしてその値札の話は、この章の後半でたっぷりする。

同じサーモン丼が教えてくれた「2つの視点」

このサーモン丼の話を日本ですると、2つの反応が返ってくる。

一つは「トルコのリラがやばいんだね」という反応。もう一つは「でも円換算でも6倍か…」という反応。ただ、後者の人が「じゃあ円もリラと同じくらい壊れてるのか」と受け取ってしまうと、それは早とちりだ。円換算の6倍は、あくまでトルコ側で起きたインフレの残り火にすぎない。円の問題は、もっと地味に、日本のスーパーの棚で進行している。トルコの丼は、その入り口を思い出させてくれる鏡のようなものだ。

「660円のサーモン丼が4040円になった」——これがトルコで起きたことだ。日本で同じことが起きたら、660円の牛丼が4040円になるということだ。そんなことになったら、「牛丼ぐらい」と軽く考えられなくなるだろう。

日本で起きている「ミニ版」サーモン丼現象

でも、ちょっと待ってほしい。日本でも同じ構造のことは、すでに起き始めている。「値段は変わらないけど、中身が減っている」——いわゆるステルス値上げだ。

私が子どもの頃から親しんできた明治アーモンドチョコレートを例に挙げよう。2000年代の初め頃には、一箱130g前後入っていた時期があった。それが段階的に減らされ、今はどうなっているか。なんと79gだ(2023年夏の改定以降)。同じ箱、同じブランド、同じデザイン。でも中身は4割近く減っている。「値段が変わらないから値上げじゃない」——そう錯覚させられるが、実質的には確実に値上げされている。

この「気づかれないように少しずつ減らす」という手法は、インフレの初期症状だ。トルコでも、最初は値段を上げずに内容量を減らすところから始まった。表示価格を維持するために、品質を落とすか量を減らす。消費者が気づいた頃には、次の段階——値段そのまま値上げに移行する。

私はこのチョコレートを見るたびに思う。「このペースで減り続けたら、いつか箱の重さのほうが中身より重くなるんじゃないか」——半分冗談だが、この流れが加速すれば、笑い話では済まなくなるかもしれない。

なぜ14倍の値上げが「普通」になってしまうのか

日本で「去年の2倍になりました」と言えば大ニュースだ。テレビが取り上げる。SNSで騒ぎになる。でもトルコでは、2倍どころか14倍になっても、驚きはするが「またか」という反応が大半だ。

なぜか。理由のひとつは、値上げの頻度が高すぎて、いちいち騒いでいられなくなるからだ。

スーパーに行くたびに値札が変わっている。今週500リラだったオリーブオイルが、来週は520リラになっている。卵の値段なんて毎週のように変わる。そうなると、消費者は「値上げに慣れてしまう」。もっと正確に言えば、「慣れざるを得なくなる」。

この「慣れ」こそが、インフレが進行する原動力のひとつでもある。人々が値上げを受け入れるから、店も値上げを続けられる。「またか」というあきらめが、インフレを温存する。

2026年、日本で起きている「静かな値上げラッシュ」

この本を書いている2026年、日本でも「実感できる値上げ」が次々と起きている。ここからが、さっき保留にした「円の値札」の話だ。

たとえばNintendo Switch 2。発売後に価格が改定され、1万円以上値上がりして話題になった。ゲーム機ひとつ取っても、以前の価格では買えなくなっている。

食品に至っては、目に見える数字がある。ある調査では、2026年6月だけで900品目を超える食品が値上げされた。パンだけを見ても、山崎製パンが300品目以上の価格を改定している。これは「一部の商品」の話じゃない。スーパーの棚の大半が影響を受けている。

建設資材も重い。 ナフサ(石油化学の基礎原料)などの高騰を背景に、一部の建設資材は大幅に値上がりした。家を建てようとしている人、リフォームを考えている人は、見積もりが数ヶ月で大きく変わった経験をしているのではないだろうか。

肥料も上がった。農家のコストが上がれば、それはそのまま食料品の価格に転嫁されていく。原料価格の波が、めぐりめぐって食卓に届く。

そして皮肉なことに、テクノロジー分野のサービスまで値上げの波の中にある。AI関連のツールでも、需要の逼迫を理由に料金プランが改定される例が出てきた。デジタルの世界ですら、コストの上昇から逃れられない。

「物価が上がっているのはトルコだけ」——いや、日本も十分に上がっている。しかもこれは、リラ建ての丼を円に直した見かけの数字ではなく、円で書かれた本物の値札だ。問題は、その上がり方が「ゆっくり」すぎて、多くの人が実感できていないことだ。

私が気づいた「サーモン丼の真実」

ある日、SushiCoでサーモン丼を食べながらふと考えた。

「この丼の値段が14倍になる間に、俺の給料は14倍になったか?」

答えはNOだ。トルコでも給料は上がったが、14倍も上がっていない。私の場合、ドル建てで仕事をしていたので影響は限定的だったが、リラで給料をもらっているトルコ人の友人たちは、明らかに生活が苦しくなっていた。

つまり、サーモン丼の値段が上がっているように見えて、実際には「サーモン丼の価値が上がった」のではなく、「リラという物差しが縮んだ」だけだ。

それなのに、同じリラで給料をもらっている人の給料は、同じペースでは増えない。

ここにインフレの本質的な問題がある。

「働けど働けど、生活が楽にならない」——この感覚は、日本でもよく聞くようになった。トルコでそれが加速した形で起きている。買えるものが減っていく中で、給料の伸びが追いつかない。これは単なる「節約が足りない」の問題じゃない。システムの問題だ。

「値上がり」と「通貨崩壊」はぜんぜん違う

日本でも物価は上がっている。スーパーの棚を見れば、去年より確実に高い。でもそれは、主にコストや需要の変化による「値上がり」の話だ。

トルコで起きていることは、その規模も構造も違う。

トルコは2005年に、それまでの旧リラの100万分の1を1新リラ(通貨コードTRY)とするデノミネーションを行った。天文学的な桁を切り捨てて、通貨をいったんリセットしたのだ。その新リラは、導入直後は1ドルあたりおよそ1.3〜1.4リラだった。ところが今では、1ドルあたり40リラを超える水準まで下落している。約20年で、ドルに対しておおよそ30倍もの下落だ。これはもう、通貨の機能が壊れかけているといってもいい。

(ちなみに、デノミ前の2000年代前半、旧リラの時代には1ドルが150万リラ前後もした。桁が多すぎて日常生活に支障が出るほどで、だからこそゼロを6つ落とすリセットが必要になった。トルコの通貨は、一度リセットしてもなお下がり続けているのだ。)

「値上がり」のメカニズムの違い

日本の「値上がり」を考えてみよう。

  • 原材料費が上がった → 商品の値段に反映
  • 運送費が上がった → 商品の値段に反映
  • 人件費が上がった → 商品の値段に反映

これは主にコスト高だ。コストが上がったから、価格に転嫁する。論理的だ。上がったコストを価格に上乗せしたら、原理的にはそこで一段落する。理論上は、コストが安定すれば価格も落ち着く。

でもトルコのインフレは違う。

  • お金の価値が下がった → すべての価格が上がる
  • お金の価値がさらに下がると予想される → 先回りしてさらに価格が上がる
  • みんなが先買いする → 需要が増えてさらに価格が上がる

これは「通貨への信頼が崩れたインフレ」だ。コストだけの問題じゃない。お金そのものへの信頼の問題だ。ここが決定的に違う。

サーモン丼の値段が上がったのではなく、その値段を表すリラという物差しが縮んだ。1センチが0.5センチになれば、同じ距離でも数字は2倍になる。そういうことが、食べ物の値段でも、家賃でも、タクシー代でも、あらゆる場面で起きている。

アフメットとの会話で理解した「普通じゃない」感覚


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参考・出典